普段あまり意識することのない窓ですが、この窓から見えて来る、暮らしのあり方に注目してみましょう。今回は世界の窓を研究している「YKK AP 窓研究所」の塚本さんにお話を伺ってきました。豊富な写真からわかる地域によって異なる窓の形ですが、そこには風土の特徴や文化の違いが関係していました。窓には多くのストーリーが含まれており、今までの意識が変わるような興味深い内容となっています。


住宅に採光と通風を確保してくれる「窓」。暮らしの中に当たり前に存在していて、ふだんはあまり意識することがありませんが、実はとても多彩な側面を持っており、知れば知るほど興味深いアイテムなのです。

そんな窓の魅力に着目し、窓にまつわるさまざまな研究や知識を収集、発信している「YKK AP 窓研究所」という機関がありました! 窓研究所とはいったいどんなところ? 窓にはどんな魅力があるのでしょう? 研究員の塚本晃子さんにお話を伺いました!

窓は文明であり、文化である

世界の美しい街ランキングで常に上位に挙がる、チェコ共和国の首都・プラハの街並。ずらりと並ぶ歴史的な建物は、規則正しく配された窓が印象的。

「窓研究所」のサイトを見に行ってまず驚くのは、世界各国の膨大な窓の写真。そのどれもが本当に美しくて、しばし見とれてしまいます。

窓研究所は、窓や玄関ドアなどを取り扱うメーカーであるYKK AP株式会社にあります。弊社のCMの一番最後に「窓を考える会社 YKK AP」というスローガンが出ているのをご覧になった方も多いと思います。2007年に、会長の吉田忠裕の「窓は文明であり、文化である」という思想から、窓を多角的に研究する「窓学」というものをスタートしました。

そこから、会社として "窓とはなんだろう" ということを、大学の研究者やクリエイターなどとともに考え、窓を下支えしている文化の部分、窓の歴史機能地域特性哲学的な意味など、さまざまなテーマで研究してきました。その取り組みが非常にユニークだという反響があり、「窓学」をもっと広げていこうと、2013年に「窓研究所」が誕生したんです。

窓研究所の研究員である塚本晃子さん。東京工業大学在学中、研究室で世界の窓の調査研究を行い、同大学院時代にオーストリア・ウィーン工科大学に1年留学。窓の魅力を知り尽くした、窓スペシャリストです。なお、記事内で紹介している世界の窓の写真の数々は、すべて塚本さんが撮影したもの。

窓研究所のサイトに掲載されている世界各国の窓の写真は、写真そのものの美しさもさることながら、国ごとの地域性や文化がよく表れていて、とても興味をそそられます。現在サイトに掲載されている窓の写真の数々は、東京工業大学教授で建築家の塚本由晴先生の研究室が調査で訪れた際に撮影されたもので、実に世界40カ国、100地域ほどに及ぶのだそう。

スイスのグアルダという小さな村に建つ民家。冬の寒さが厳しいため、壁が分厚く、窓が奥まっています。外壁の開口部分は大きくして光を取り込み、奥の窓はなるべく小さくして、冷たい外気をなるべく室内に取り込まないような造り。この村はすべての家がこのような造りの窓になっているそう。

宿場町としても有名な木曽・奈良井宿の街並。壁に穴をあけるという発想のヨーロッパの窓とはまったく逆の造りに注目。

ヴェネツィアの民家の窓。ヨーロッパは観音開きの窓が多いのが特徴的。

気候や建材の違いが、その土地ならではの様式を生み出す

世界各国の窓の写真を見ていると、ヨーロッパとアジアでは大きな違いがあるような気がします。どうしてこのような違いが生まれるのでしょう?

まず、窓の開き方から地域性があります。日本はほとんどの窓が引き戸ですが、ヨーロッパでは外や内に開いたり、倒したり。またアメリカなどハリケーンの被害を受けることが多い地域では、水密性の高さや風に対する強度が求められます。ヨーロッパは寒い地域が多いので、断熱性が高いものが求められますね。

また、窓は昔から、建築現場で造ることはまずなく、窓専門の工房で製作されたものを、運んではめ込むという形が取られてきました。一ヶ所で造られたものがあちこちの家の窓に使われるので、形がそろってくるんです。

基本的にヨーロッパの家は石造りの文化なので、壁に穴を開けるという発想で窓が造られていますが、日本の伝統的な建築ではまず柱を立てて、柱と柱のあいだに建具を入れるという発想です。見ためにもまったく違いますよね。日本の昔の家屋を見ると、よほど寒かっただろうと思います。しかも昔は木枠に障子紙が貼られ、ガラスでもなかったわけですから。でも、写真の非常に伝統的な日本家屋の写真も、大昔ではなくて、ちゃんと現存し、人が住んでいるのがすごいと思いませんか。

本当に、国や地域によって、窓の印象は実にさまざまです。単に内と外をつなぐという機能だけでなく、窓そのものがアートであり、人々にとって何か特別の思い入れがある存在のような気がします。

塚本さん自身、大学時代から世界の窓をずっと研究してこられたそうですが、窓に魅力を感じたきっかけはなんだったのでしょう?

もともと研究室で窓を研究していたというのもあるんですが、窓が面白いなと思ったきっかけは、修士でオーストリアに留学していた時に、窓をとりまく文化の違いに気付いたんです。そこに住む人々は、単なる機能としての窓というだけでなく、窓を暮らしの中でとても上手に使っていたんですね。その違いにとても驚いたことと、いろんなところを旅していたときに、窓を見ると文化がわかるのがすごく面白いなと思ったことがきっかけです。

たとえばアメリカの映画やドラマなどでも、窓辺に座って外にいる好きな人を眺めるとか、窓越しにおはようとあいさつするといったシーンがよく出てくるんですよね。また、ヨーロッパのおとぎ話の中では、妖精や異世界のものが窓から入ってくるなど、窓が創造力をかきたてられる題材として使われていたりもする。窓研究所で研究する時も、いろんな先生方が「窓って面白いよ」と言ってくださってとても盛り上がるんです。共感していただける素材として窓があるというのが、私たちもとても面白いですね。

ヨーロッパでは洗濯物を外に干す習慣はあまり見られないそうですが、ヴェネツィアではこのように窓から向かいの窓にヒモを渡し、ヒモをたぐり寄せながら洗濯物を干すのだとか。

ウィーンのとあるカフェの窓は跳ね上げ式。晴れた日にはオープンテラスにでき、しかも跳ね上げた窓が雨よけの屋根代わりにもなっています。

いきいきとした表情で窓の魅力を語る塚本さん。そんな塚本さんに、これまで見てきた世界各地の窓で、特にお気に入りの窓を教えてもらいました。

タブレットで自らが撮影した写真の数々を見せながら説明をしてくれる塚本さん。

これは建築を学んでいる人には定番ですが、ル・コルビュジェがスイスのレマン湖のほとりに建てた "母の家" が素晴らしかったですね。縦長の建物に、とても長い水平連窓が付けられているんですが、窓がひと続きに横断する空間をうまく使い分けながら生活ができるようになっています。

それと、外にも窓があるんです。不思議ですよね。外に壁を立てて窓をあけ、机と椅子を置いて、ワンセットで窓辺を演出しているんです。窓で切り取られたフレームの中から湖が見える。家の中の窓も、この外の窓も素晴らしかったですね。

ただ広く見渡せればいいというものではなくて、あえて切り取る美学というか、閉じながら開くということが非常に場所を印象付けるものだと。これは本当に驚きました。

ル・コルビュジェ設計の「母の家」。陽がさんさんと差し込む水平連窓は全長11m。レマン湖と遠くの山々が眺められます。

「母の家」には家の外にも額縁窓が設けられています。窓によって切り取られた湖はまた違った美しさ。

それから、これはボスニア・ヘルツェゴビナの首都のサラエボにあるカフェなんですが、なんだかアジアっぽくないですか?

サラエボはヨーロッパの端にあって、東洋と西洋の文化が混在したような街なんですが、ここのカフェの窓は上に跳ね上げるようになっていました。そこにベンチがちゃんと造りつけられていて、内からも外からも使えるんです。

大きな木枠の窓が特徴的な、サラエボのカフェ。こちらの窓も跳ね上げ式。窓の下に縁側のようなベンチが付いています。

こちらはクロアチア。建物の間口が狭く、奥行きが長い建物が多くて、すべて鍵穴状の窓になっているんですね。集合住宅の1階が商店になっていて、入口と窓が一体化し、半分は入口で、半分はショーウィンドウとして使われています。それぐらいコンパクトにしないと場所がないということから生まれたんだと思います。

クロアチアの集合住宅。防寒のため窓は最小限にしてあり、ブロックを積み重ねた壁に、鍵穴状に開けられています。1階の窓は入口と兼用になっているのがユニーク。

※塚本さんは他にも、世界の素敵な窓をたくさん教えてくれました。その他の写真は、ページの最後でご紹介しています!

部屋の中が丸見えでも気にしない!? ヨーロッパの窓に対する意識とは?

ところで、窓におけるヨーロッパと日本の文化的違いという点で、筆者がひとつ興味を持っていたことがありました。それは、ヨーロッパでは窓にカーテンをほとんど付けず、部屋の中が丸見えでもあまり気にしないという生活スタイルが多い気がすること。日本人にとってはかなり驚きですが、あれってどうしてなんでしょうね?

外から生活シーンが見えるということを常日頃から意識しているんでしょうね。オランダがかなり有名かなと思うんですが、オランダの住宅の多くは、窓がとても大きいんですね。しかもみなさんカーテンなしで暮らしているんですが、オランダに関して言えば、プロテスタントの文化があって、自分はやましいことをしていないということを表明する意味で、隠さないという考えがあるらしいです。

ただ、こういうところに実際行ってみると、かなりお部屋が広いんです。だから、全部が丸見えかというとそうでもなくて、天井も高いので、光だけが見えていたりとか、見えてもいいスペースが見えていたり。日本だとちょっと難しいかなと(笑)。

ほー、なるほど! これぞまさに窓に対する文化の違いですね。いやあ、おもしろい!

それにしても、窓学というのは、単に建築にとどまらず、美術、心理学、文化人類学、哲学、文学、民俗学などなど、実に広い学問とつながっていそうです。知れば知るほど奥深いですね。

塚本さんは、窓研究所で日々どんなお仕事をされているのでしょうか?

窓研究所では、専門家の方との共同研究やそのサポート、また研究した成果を社会と社内に発信していく業務に取り組んでいます。多くの方に窓の魅力を知ってもらおうと、サイトを作ったり、本を出版したり、展覧会なども開催しています。

窓学から生まれた書籍。左が『WindowScape2 窓と街並の系譜学』、右が『WindowScape 窓のふるまい学』(どちらもフィルムアート社 刊)。写真集として楽しめるだけでなく、街並全体の特徴や窓の形式を規定する法律などの背景、外観の図面まで詳細に記されています。

昨年2014年は、家具の見本市として有名なミラノ・サローネに、YKK APとアトリエ・ワンで「窓学WINDOW SCAPE展」を出展しました。「カレイド・ウィンドウ」という空間展示で、トンネルのような構造の中に万華鏡のような鏡張りの窓をつくりました。人が動くたびに万華鏡みたいに移り込むのと同時に、外の風景も混ざって、とても不思議な光景になるんです。

また、これまでの研究の蓄積もぜひ多くの方に知っていただきたいということで、さまざまな窓の写真が印刷された3000枚のポスターの束を14種類置き、その中から好きな窓のポスターを、来場者に自由に持ち帰っていただきました。家の壁に貼れば、そこがたちまち窓になるという仕掛けです。これはかなり好評で、全部なくなりました。

ミラノ・サローネの会場。中央付近の白い筒型の構造物が、カレイド・ウィンドウ。回廊内に窓ポスターの展示。(写真:Nacasa & Partners)

ブースの中は、複雑な鏡張りの構造になっており、中に入った人の姿を万華鏡のように映し出します。

「窓ポスター」を品定めする来場者の方々。好きな窓のポスターを持ち帰り、壁に貼ればたちまちそこに窓が生まれるという仕掛けが大好評だったそう。

ミラノ・サローネはかなり華やかな見本市なので、このような研究発表的なものはあまりそぐわないかなと思ったんですが、予想以上に反響がありました。一般の来場者の方々が「窓って重要だよね」とか「こういう活動はとても素晴らしい。ぜひ継続していってください」とアドバイスしてくださったりしました。一般の方がそういったコメントをたくさんしてくれるヨーロッパの文化度の高さにも感激しました。

窓の魅力を広く伝え、窓の可能性を創造してゆく窓研究所。塚本さん自身はこれからどんな方向に興味を向けていきたいと考えているのでしょうか。

私自身は、世界の窓を事例に、街並の研究をしています。その研究自体は今後も続けていく予定ですし、その中で発見したことや得られた知見を、YKK APとしてモノづくりに生かしていけるようなところまで、持っていけるといいなと考えています。

いかがでしたか?

住宅になくてはならない重要な存在である窓。水まわりなどのリフォームとは違い、なかなか作り替えることはできませんが、窓研究所のサイトを見て窓の魅力を知れば、ご自宅の窓がたまらなく愛おしい存在に思えてくるはず。たまには掃除したり、デコレーションしたりしながら、窓ともっと楽しく付き合っていきたいものです。

【おまけ】塚本さんおすすめの「世界の窓」

フランスにあるロンシャンの礼拝堂もル・コルビュジェの代表的な作品のひとつ。

最大3mもの分厚い壁にランダムに配された窓から幻想的な光が差し込みます。

スリランカを代表する建築家、ジェフリー・バワが設計したコテージ。出窓の窓辺にはソファが取り付けられており、窓辺でゆったりと過ごすことができます。

栃木県日光の中禅寺湖畔に建てられたイタリア大使館の別荘。モダニズム建築家、アントニン・レーモンドが設計したもので、外壁いっぱいに広がる窓は圧巻。

イタリア大使館別荘の内部。伝統的な日本家屋の様式を全面的に取り入れた緻密なしつらえはため息ものです。

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