頬に触れる風が冷たくなって、黄色や紅の落ち葉がかさこそと足下で遊ぶ秋。読書が似合う季節の到来ですね。

本は基本的にひとりで読むことが多いものですが、不思議と人と人とをつなげるちからがある気がします。同じ本を好きな人とは仲良くなれる気がしたり、いい本に出会ったら誰かに教えたくなったり・・・。みなさんも、一度はそんな経験があるのではないでしょうか。

そこで今回は、そんな本のちからを最大限活用している「まちライブラリー」という活動をご紹介します。発起人の礒井純充さんに、お話を伺いました。

本を通して人と出会うまちの図書館

「まちライブラリー」とは一言で表すと、「本を通して人と出会うまちの図書館」。まちのカフェやギャラリー、オフィスや住宅、お寺や病院などの一角に本棚を置き、本を持ち寄って交換しながら人の縁を紡いでいく活動です。

シェアオフィスco-lab西麻布の入り口に設置された「まちライブラリー」。本棚から読みたい本を取り出して「貸出カード」に名前を書けば借りることができます。

特徴的なのは、本にカードが付いていて、本の持ち主と借り手がメッセージを書き込めるようになっていること。

たとえば、睾丸の癌に冒された漫画家が綴った「さよならタマちゃん」というコミックエッセイを開いてみましょう。

持ち主の欄には「主人がこの病気になり、元気づけたくて買いました。自分だけではないと少し元気づけられたのかな、と思います。他の方にもぜひ元気をつなげたいです」というメッセージが。そして、この本を借りた人の欄には「家族も同じ病気で、苦しみがわかりました」「涙なくしては読めませんでした」という主旨のメッセージが書かれています。同じ境遇の人が借りたら、本だけでなくメッセージの欄にも励まされそうですね。

カードにはFacebookやtwitterのIDを書く欄もあり、本を手に取った人同士つながることができるようになっています。

全国には、どんな「まちライブラリー」があるのでしょうか。礒井さんに例を挙げて紹介してもらいました。

■『まちライブラリー@大和高田春枝文庫』

こちらは奈良県の高橋さんという男性がご自宅を開放して運営している「まちライブラリー」。高橋さんの亡くなった奥様、春枝さんは本好きで、2千冊以上の本を遺していかれたそう。「思い入れがあるから捨てられない」と相談を受けた礒井さんは、知人友人に呼びかけてボランティアチームを結成。5ヶ月かけて本を整理し、2014年に「まちライブラリー」としてオープンしました。奥様の本が、高橋さんにたくさんの出会いをもたらしたのですね。

最初に会った頃、高橋さんは「早く春枝のところに行きたい」なんて呟いていました。でも、いまでは「1日でも長く春枝文庫を残していこう」と思っているようです。(礒井さん)

・「まちライブラリー@岡本商店街」

図書館が無くなったことをきっかけに、まちぐるみで「まちライブラリー」に取り組むことにしたのは神戸の岡本商店街。22店舗が参加し、自分のお店の一部に本棚を設置しました。洋菓子店にはお菓子作りの本、タイ料理屋さんにはアジアの旅本など、お店に合わせた本が置かれています。

・手柄小4年2組まちライブラリー

小学生が思い入れのある本を持ち寄ってつくった「まちライブラリー」もあります。先生が礒井さんの講演を聴いて感激し、生徒に紹介したところみんなから「やりたい!」と声が挙がったのだとか。

感想には、「本をきっかけに喧嘩した子と仲直りができた」「いろんな学年の子と友達になれた」「どんどん本が好きになっていく」と書かれていました。子どもたちは「まちライブラリー」の本質をわかっているな、と思います。(礒井さん)

ほかにも、図書館内に設置された「まちライブラリー」や家の前に設置された巣箱型「まちライブラリー」など、本当にさまざまな形の「まちライブラリー」があります。 ウェブサイトで検索できるので、あなたの家の近くの「まちライブラリー」を探してくださいね。

「まちライブラリー」をはじめた理由

礒井さんは森ビル株式会社で社会人教育機関「アーク都市塾」や産学連携・会員制図書館「六本木アカデミーヒルズ」を立ち上げた方です。「六本木アカデミーヒルズ」といえば、最先端の知が集まる場所として、憧れられる存在ですね。でも、「まちライブラリー」とはちょっと方向性が違うように感じます。なぜ礒井さんは「まちライブラリー」をはじめようと思ったのでしょうか。

礒井純充(いそい・よしみつ)。 1981年森ビル株式会社入社。「アーク都市塾」「六本木アカデミーヒルズ」の立ち上げに尽力する。2011年より「まちライブラリー」を提唱。全国の私設図書館を集めた「マイクロ・ライブラリーサミット」も開催している。

「六本木アカデミーヒルズ」は会費が1万円で、現在の会員数は3千人です。ビジネスとしては大成功と言える数字だと思います。でも、東京都の人口は約1300万人。それほどたくさんの人がいるのに、たったの3千人しか会員がいない、と捉えることもできます。「敷居が高い」と感じている人もいるでしょう。また、規模が大きくなればなるほど、そこに集まる人の関係性は薄くなるように感じました。

だから、誰もがふらっと訪れられるような場所が、まちの中に小さく点在している形が面白いんじゃないかと考えたのです。(礒井さん)

そうしてスタートした「まちライブラリー」は、いまや全国230ヶ所に広がりました。本を借りるのも、場所を開くのも、基本的にすべてが無料。礒井さんに相談すれば誰でも気軽に開設することができます。「こうでなければいけない」というルールはありません。場所がなければ、本を持ち寄って公園に集まるだけでもOK。この自由度の高さが、「まちライブラリー」の多様性を生み出しているのですね。

ピクニック型の「まちライブラリー」。

私はずっとビジネス界にいたから、ビジネスモデルを組み立てることは多少できるつもりです。でも、そのモデルにむりやり人を当てはめ、人を傷つけたこともありました。

そうしたやり方に行き詰まりを感じて悩んでいたとき、全国の限界集落を訪ね歩いた友廣裕一さんという若者に出会ったのです。彼は行く先々で農業や漁業を手伝い、人の紹介で次の村へと旅していました。目の前にいる人を活かすにはどうしたらいいか、どうしたら相手の役に立てるか。友廣さんが考えていたのはそれだけです。そうした姿勢が信頼され、人との縁を呼び寄せるのでしょう。私とは真逆のスタイルに感銘を受け、半分ほどの年齢の友廣さんを師匠と呼ぶことにしました。

だから、「まちライブラリー」もかっちりとした仕組みはつくらず、「まちライブラリー」を開きたいという人が一番輝く方法を、その都度一緒に考えることにしています。(礒井さん)

家の前に設置できる巣箱型「まちライブラリー」

はじまりから数年、各地の「まちライブラリー」ではきっと、たくさんの物語が生まれていることでしょう。礒井さん、印象に残っているエピソードはありますか?

たくさんありますよ。「まちライブラリー」とは関係ない会合に出たら、隣に座った人が「いま面白い本を読んでいるんだ」と話していて、それが実は自分が「まちライブラリー」に寄贈した本だった、とか。また、「まちライブラリー」の集まりで出会った人同士が結婚したというケースもいくつかあります。合コンのように気負っていないから、その人の内面の魅力に気づけるのでしょう。

こうして改めて振り返ると、本を活動の軸にしてよかったと思います。普通は初対面の人にいきなり自分の内面は見せられないものですよね。家族や友人の間でも、改まって話すのは照れてしまいがちではないでしょうか。それが、本を通すことで素直に考えていることを話せるんです。心のウィンドウがちょっと開くんですね。(礒井さん)

各地の「まちライブラリー」では、好きな本を持ち寄ってお茶をする会や、冒険家を呼んで旅をテーマに話す会など、さまざまなイベントが開かれています。参加したい方は、ウェブサイトのイベント情報をチェック!

まちライブラリーは新しい形の "縁側"

冒頭でご自宅を開放して「まちライブラリー」にしている例を紹介していただきましたが、カウカモマガジンの読者はマンションやアパートに住んでいる方が多いと思います。集合住宅で「まちライブラリー」に取り組んでいる例はあるのでしょうか?

マンション全体で取り組んでいる事例はまだありません。ディベロッパーからご相談を受けることもあるのですが、しっかりと形をつくって組織的にやろうとするとなかなか難しいんですね。それよりも、「やりたい!」という気持ちを持った住人が、マンションの一室でひっそりと始めてしまう。それが結果として広がる、というのが「まちライブラリー」の自然な形だと思います。(礒井さん)

礒井さんの出身地・大阪は、住み開きというムーブメントが生まれたまちです。住み開きとは、住居の一部をコミュニティスペースやギャラリーとして開放すること。これをマンションで行っている人もいます。昔ながらの日本の家にあった "縁側" のような空間、プライベートとパブリックの境界が曖昧な遊びの空間をマンション内に生み出そうとする試みですね。「まちライブラリー」も、その手段のひとつになれそうです。

まずは無理をせず、できることから始めること。一歩踏み出すのが無理でも、半歩進む勇気を持ってください。そうすれば、必ず誰か背中を押してくれる人が現れるものです。でも、「自分が何とかしなければ」と気負っていると、背中を押してくれるその存在に気づけません。肩の力を抜いて、自分の弱さを認め人に委ねる。そうすれば、誰かがサポートしてくれますから。(礒井さん)

本を借りる、寄贈する、イベントに参加する、自分で場を開く。「まちライブラリー」にはさまざまな関わりかたがあります。まずは近くの「まちライブラリー」へ行ってみませんか。きっと、素敵な本に、人に、まちに出会えるはずです。

■『まちライブラリー』のHPはこちらから