中古マンションを購入し、楽しくリノベ暮らしをしているお宅へ訪問インタビューさせて いただく「リノベ暮らしの先輩に聞く!」。
今回は、東京都江東区にお住まいの永澤一輝さん、菊嶋かおりさんご夫妻(一級建築士事務所 「knof(ノフ)」共同主宰・ともに30代)のご自宅を訪ねました。


ドアを開けると広がる、視線が気持ちよく3方向へ抜けるおおらかなワンルーム。窓の向こうには隅田川につながる運河を見下ろし、遠くには絶え間なく車が行き交う首都高速を眺める、東京らしい情緒を味わえるロケーションです。

独立を機に、リノベーション前提で自宅兼オフィスとなる中古マンションを探し始めた建築家の永澤一輝さん、菊嶋かおりさん夫妻。間取り変更の際にポイントとなる耐震壁や水回りの位置はもちろんのこと、物件選びで重視したのは「川沿いに立地していること、そして眺望が二方向以上に開けていること」でした。

そして出会ったのが、江東区木場の運河沿いに立つ築33年のこのマンションの一室でした。

かおりさん:以前も運河沿いに暮らしていたんですが、隣に建物がないので視界が開けるし、風が抜けて気持ちいい。6階のこの部屋からは水面の魚も見えるし、その魚を狙う水鳥が飛んでくることもあって、眺めているだけで楽しいですよ。

■川沿いの眺めを楽しむ4LDKをワンルームのSOHOに

元の間取りは4LDK。けれど一番眺めのいい場所が小さな個室になっているなど「眺望が生かせていない、すごくもったいないプランだった」そう。そこでいったんスケルトン状態にしてフルリノベーションし、大胆にも4LDKからワンルームへと生まれ変わらせることに。 そこには、「仕事と暮らしを緩やかにつなぎたい」という思いもあったのです。

「内見した時、一番気持ちがいいと感じた場所」という西側の一角にキッチンを移設(もともと、ここには小さな個室があった)。

一輝さん、かおりさん:この住まいは約80m²。自宅兼オフィスとして使うことを考えた時、空間をはっきり二分割してしまうと仕事も暮らしも範囲が狭まってしまいます。「暮らす」ためのスペースと「働く」ためのスペースの重なりを最大化できるプランを考えて、オフィスから寝室まで緩やかにつながるワンルームに行き着きました。

▲「暮らす」ためのスペースと「働く」ためのスペースの重なりの最大化を考えた結果、生まれたのがこのプラン。緑色に塗られた部分が、「暮らす」ためのスペース。

▲そして黄色に塗られた部分が、「働く」ためのスペース。8割型重なっているのがわかる。

住まいの中心は、石を使ったL字型のカウンターキッチン。その北側にオフィススペース、 南側には打ち合わせスペースにもなるダイニングをレイアウトしています。

キッチンの北側にはオフィススペース。

一番日当たりがいい南端は、グリーンがのびのびと茂るサンルームのようなリビングに。さらにダイニングやキッチンから見えない場所に、小上がりの寝室を設けました。

住まい南側のリビングはタイル床で半屋外のような雰囲気。右手には広いバルコニーが。 ほかの空間から見えない奥左手に、小上がりの寝室があります。

ワンルームの中でも、奥に進むにつれてパブリックからプライベートへと緩やかにゾーニングしたプラン。どのスペースにも窓があり、川が見えるのはなんとも贅沢です。

■プライベートを区切る9枚の建具をスクリーンに

そして何よりこの住まいで目を引くのが、空間を縦断する幅約7.6mのダイナミックなクジラの絵。屏風絵を思わせるそのキャンバスは、9枚の連続した建具です。一つひとつは標準的なサイズの扉。開けてみるとその奥には洗面室や書棚、パントリー、ウォークインクローゼットと、さまざまなプライベート空間が並んでいます。

幅850mm×高さ1850mmの扉9枚で1枚の大きな絵を構成。それぞれの扉の中に、トイレや洗面室、収納などが収められています。

左:左から4番目の扉を開けてみると、そこは奥行きの浅い書棚スペース。雑然としがちな本はここにまとめて収納。/右:その右隣の扉の中にはトイレ。意外なほどゆったりとした空間に驚きます。

一輝さん、かおりさん:クライアントが訪れて打ち合わせをすることも多いこの家では、ダイニングやリビングもオフィスとして機能します。だからこそ生活感の出るバスルームや洗面所、収納などはできるだけ見せたくない

パブリックなオフィスやLDKに眺望を開放する一方で、これらのスペースは窓のない東側に集約してメリハリをつけました。配管の関係で、トイレを元の位置から動かせないのも理由のひとつ。試行錯誤した結果、9枚の建具を並べてパブリックとプライベートを分けることを発想しました。

左:一番左端、靴箱スペースの横は洗面室。入って左奥にユニットバスが続きます。/右:その4個右隣の扉を開けた先はWIC。左隣にあるトイレの裏側にも回り込む形でWICが続いています。

機能的な存在である扉を連続させることで大きな面をつくり、生活の「ハレ」と「ケ」 を区切る大胆なアイデア。圧迫感をもたらしかねないその広い面を、ふたりは横長のスクリーンに見立てました。

かおりさん:一般的な家の感覚からスケールアウトしたワイドな面だからこそ、スクリーンとして生かせたら楽しそうだなと。ここは運河沿いで海にもつながっているから、『大きなクジラをここに実寸で描いたらおもしろいんじゃない?』と思ったんです。

クジラの周囲に描いたのは、ローズマリーやコリアンダーなどの植物。夫妻が好きなジンの材料なのだそう!

遊び心あふれるそのアイデアを叶えたのは、知人の紹介で出会ったアーティストの池田早秋(さき)さん。緻密なタッチで描くモノクロの動植物の絵が得意なアーティストです。

このスクリーンのスケール感で描けること、そして体の細部までリアルに描く池田さんの得意分野を踏まえた結果、モチーフはザトウクジラとすることに。池田さんの緻密な作風を生かすため、ドローイングペンで細かく描き込まれた幅40cmほどの原画をおよそ17倍に拡大し、特殊大型プリンターで建具の合板に直接印刷する方法を選びました。

スクリーンに使用した板は、近くの新木場の材木問屋にふたりで足を運び見定めたもの。空間に占める存在感が大きいからこそ、その質感にもこだわりました。

近くで見ると、一枚一枚木目と色味が違い、躍動感が漂います。

一輝さん:使ったのは合板の中でも一番安い、インドネシア産のラワン合板です。木目がはっきり出た荒々しい表情は一般的な建設現場では嫌われますが、クジラの背景に置けば波のように見立てられておもしろい。

9枚すべて写真に撮り、色味が自然に流れるようにフォトショップで並び順を決めました。刷り色もイラストレーターで色見本を10パターンぐらい作って、これという色を印刷業者に指定して。背景となるキャンバスを作るところまでは設計者視点でしたが、モチーフを決めたり完成を想像したりするのは、ひとりの住み手として楽しみました。

印刷が完了した絵は、9枚に分割された板の状態。建具枠にはめ込んで並べる作業を行い、このダイナミックなスクリーンを完成させました。いざ目の前にクジラが現れた時は、そのスケール感に感動したそう。都会のマンションの一室に漂う一頭のクジラは、空間に不思議な奥行きを感じさせます。

非日常を感じさせる不思議な絵の奥に、日常が隠れているというギャップ、そして扉を開け閉めするという日常のありふれた動作を通して絵の見え方が頻繁に変化するのもユニーク。外側から見ると同じ扉でも「こちらの扉を開ければ広い洗面室、その隣を開ければこぢんまりとした収納」と、それぞれ違うスケールの空間が収められているのもパズルのような楽しさがあります。

扉を開けるとこんな感じに。屏風のような立体感がユニークです。

かおりさん:通常なら壁に扉があって開けると中に予想された機能が隠れていますが、扉が並んでいるとどこに何の機能があるか分からない。ある意味トリッキーですよね。今はもう慣れましたが、最初のうちはトイレの扉とWICの扉をよく間違えたりしていました。遊びに来た友人も一発でトイレに行き当たりません(笑)。

さらにこの扉は、建具に入れる板を替えれば「模様替え」も可能。昔の日本家屋で夏になると襖を簾戸に変えたように、季節や気分に合わせて変化できるしつらえには、ふたりの「遊び続けられる家にしよう」という思いが現れています。

■タイル、石、既存の躯体・・・実験的に楽しむ素材使い

夫妻の遊び心は、随所に光る個性豊かな素材使いからも伝わってきます。そこには「住宅や店舗のショールームの役割も兼ねる場にしたい」という建築家ならではの探求心も。

たとえば床材ひとつとっても、キッチンとオフィスは元の床を剥がしたコンクリートの床スラブそのままのラフな表情にする一方、一段高くしたダイニングの床は幅の細いフローリングに。

北側のオフィススペースは、既存床を剥がした後のコンクリートのまま。「運河を見ながら仕事したい」と、窓辺にカウンターデスクを造作。

幅広フローリングが人気の今だからこそ、あえて幅の細いものをセレクト。ダイニングテーブルもナラの一枚板をダイナミックに使用。

リビングは運河をイメージしたゆらぎのあるグリーンのタイルを選び、半屋外のような印象に仕上げました。小上がりの寝室スペースには、くつろげる畳敷きを選んでいます。

「リビングのタイルの色は赤茶や青もあって、すごく迷ったんです」とかおりさん。水のようにゆらぎのある渋い緑色は窓外の運河とリンクします。前の住まいから一緒に引っ越したグリーンは、ここに来てからぐんぐん成長しているそう。

「4、5畳の小さなベッドルームを作るなら、小上がりのようにベッドだけのエリアにしてしまう方が空間を有効に使えておすすめ」 とふたり。午後の一瞬だけ、水面に反射した光が壁に揺れる姿を見せます。

床にはこうしてさまざまな素材を取り入れる一方、天井と壁の大部分は躯体を表しに。元の壁や天井を剥がした跡もそのまま残し、時間を重ねた表情を生かしました。

かおりさん:床やキッチンに予算をかける分、壁と天井は元のテクスチャーを生かしてコストにメリハリをつけました。住まいのすべての面に、予想外の凹凸感が表れるようにしたくて。とはいえ、いざ工事で剥がしてみたら思った以上に荒々しい表情でしたけれど(笑)。

壁の面によっては元の糊の影響で黄色い箇所も。ワイルドな表情がアクセントに。

さまざまな色や質感、さらに大きなアートまで取り入れながらも、全体は落ち着いた印象に。それは素材使いにメリハリをつけ、天然素材や経年変化した素材を取り入れているためなのかもしれません。

■眺めのいいキッチンが特等席

表情豊かな住まいの中でも、ふたりのお気に入りの場所はキッチン。十和田石に真鍮の目地を合わせたシャープなL字カウンターを主役に、内側に業務用キッチンを設置しています。冷蔵庫やキッチン家電など日常然としたものをすべてカウンター下に納めて外から見えないようにすることで、バーやカフェのように特別な場所に仕上げているのはさすが。

ちょうどいい高さのスツールはHAYの製品。足を置くバーは建材のI型鋼を活用。仕事の合間も、ここで休憩しています。

一輝さん:窓の外の運河を眺めながら、お皿を洗う時間が好きなんです。春は運河沿いの桜並木が見えるし、夜になれば丸の内の夜景もきれいで。思い切って予算をかけたのもあって、キッチンで過ごす心持ちは以前とすごく変わりましたね。

左手の冷蔵庫と冷凍庫の上部が調理スペース。右手にコンロとシンクを配置して、外を見ながら洗い物ができるように。窓側の壁のタイルは、抹茶碗などに使われる釉薬を使った奥行きある表情。

かおりさん:玄関を入って最初に目に入る場所にキッチンを置きたいと考えました。ちょっとした打ち合わせやお茶はここで済むし、店舗や住宅デザインのプレゼンテーションにもなる。業務用冷蔵庫を住宅で使いたいという人も多いので、実際に見てもらえます。家庭用冷蔵庫に比べると電気代は高いですが(笑)、それも含めて現実的な話ができます。

吊り戸棚は塗装したパンチングメタルで製作。ずらりと並ぶ食器や豊富なジンなどのお酒が、訪れるゲストの多さを物語るよう。

空間の使い方も予算も、大胆とも言えるメリハリをつけることで、ひとつの住まいにさまざまな表情を作り出したふたり。季節とともに変化する運河のほとりで、これからもアップデートされていく住まいが楽しみです。

ーーーーー物件概要ーーーーー
〈所在地〉東京都江東区
〈居住者構成〉ご夫婦
〈間取り〉ワンルーム
〈面積〉77.04m²
〈築年〉築33年
〈設計・アートディレクション〉knof
〈施工〉株式会社M-CUBE
〈施工担当者〉鈴木學
〈襖絵原画〉池田早秋
〈襖絵印刷〉金羊社
〈テーブル製作〉WOODWORK

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