2018/01/16
29歳の建築家が祖母から引き継ぎリノベーション! あえての “隙” を残す、富ヶ谷100㎡の家
東京都渋谷区(日高邸)
中古マンションを購入し、楽しくリノベ暮らしをしているお宅へ訪問インタビューさせていただく「リノベ暮らしの先輩に聞く!」。今回は、元ツクルバメンバーである建築家、日高海渡(かいと)さん(29歳)がリノベーションした東京都渋谷区の自邸兼事務所を訪ねました。
■南側20mに窓がずらり。築50年のヴィンテージマンション
こんなに窓が贅沢にある部屋、見つからないよ。本当にいい物件。
あまたの中古マンションを見てきたカウカモ編集長でさえ、羨望の言葉を漏らす家。それが今回紹介する日高邸です。
場所は渋谷区富ヶ谷の住宅街。緑豊かな東大キャンパスにほど近い一室に足を踏み入れると、目の前には開放的なこの空間。
南北の長さ約20m、広さ102㎡の伸びやかな住まい。
通常のマンションは住戸を効率よく並べるため縦長で、その短辺に窓をつくる間取りが圧倒的ですが、日高邸は長辺、つまり20mにわたって窓がずらりと並び、水まわりを除くすべての部屋に南向きの窓があるのです。これは贅沢!
20mはボーリングのレーンと同じ長さらしいです(笑)。築50年ぐらいですが、今ではなかなか設計できない間取りですよね。
そう話すのは、住人で建築家の日高海渡(かいと)さん。祖母から引き継いだこの家をリノベーションし、自邸兼事務所として暮らしています。以前はツクルバメンバーとして設計を担当していて、独立した現在は住宅や店舗の設計を手がけています。
この物件、実はエグゼクティブや外国人向けに作られた名作マンション「ホーマットシリーズ」。オリジナルの間取りにはメイド用の部屋もあったそう。
この部屋は、僕の祖父母が新築で購入したものです。早くに祖父が亡くなったので賃貸に出し、家賃を収入の柱にしていました。
だから祖母にとっては、自分が暮らした家ではないけどすごく愛着があるんですよね。老朽化で賃料も下がっていたけど、手放したくないと。僕が自宅兼事務所としてリノベーションしたいと申し出たら、すごく喜んでくれたんです。
■オープンな空間にプライベートをつくる方法
以前は玄関から廊下沿いに部屋が続く典型的な間取りでしたが、壁を取り払って寝室とゲストルーム以外をひとつながりに。キッチン、打ち合わせスペースも兼ねるダイニング、事務所、リビングまで見通せるプランです。
ある意味、このリノベーションはめちゃくちゃ簡単だったんですよ。いらないものを素直になくしたら風も光も入って、環境として良くなったから。
謙虚に話す日高さんですが、潔いほどおおらかなリノベーションは、この空間の心地良さを最大限に引き出しています。
とはいえ生活空間も兼ねるため、プライベート空間との境界を意識して作っているそう。
事務所やショールームとしていろいろな人が訪れる前提で設計しましたが、空間のなかでパブリックからプライベートへ、段階的に切り替えるようにしています。床の段差で領域を分けたり、寝室の前に短い廊下を作ってワンクッション置いたり。オープンな空間から絞って絞って、最後に一番プライベートな寝室に至るイメージです。
パブリックとプライベートの空間は壁で仕切ったり、戸建てであれば階を変えるなど明確に区切りたくなるものですが、このプランはかなり実験的。そこには、「住宅はなるべく “開いた状態” にした方がいい」という思いがあります。
空間は、いろいろな人が入ってくる方が健全化すると思うんです。誰かが来ると思うと家のなかがきれいになるし、インテリアを考えるのも楽しいですよね。
現代の住まいは基本的に外から人を招きづらい空間になっていると感じるけど、例えばプライベートな領域を分けたり、見せていい所といけない所をきちんと意識して設計したり、最終的には住み手の振る舞い次第で、空間はもっとオープンになると思っています。人を呼びやすい家は、今後のリノベーション界隈のテーマなんじゃないかな。
ちなみに日高さんが最初に働いた設計事務所、アトリエ・ワンも、主宰者である塚本さん・貝島さんご夫妻の自邸と事務所を兼ねた空間です。「日本の建築でトップレベルだと思う」と日高さんが話すその空間で過ごした体験も、影響を与えているのかもしれません。
■どこまで自分の設計か、できるだけ曖昧にしたい
余分なものを素直に取り除く「引き算の発想」で、空間がもともと持つ魅力に光を当てた日高さん。それは間取りだけでなく、床や壁、天井といった内装仕上げも同じこと。
既存の素材を生かし、時には剥がして建物が重ねた時間を味わう。そこに塗装やモルタルといった新たな素材が混ざり合う空間は、ミニマルでありながら不思議と温かみがあります。
築40~50年の建物は何度かリフォームを経ている場合が多くて、壁や天井を剥がすとその痕跡が姿を現します。新しく加える素材は、そうした痕跡になじむように作るようにしていて。出てきたものや、もともとあった物の続きを設計するような感覚です。どこまで自分が設計したのか、なるべくはっきりさせたくないというか。
それに、予算が本当になくて。作り込まず経費を抑えたかったのもありますね(笑)。
クライアントに向けたショールームも兼ねるため、「いろいろ見てもらいたい」と、床は空間ごと素材を変え、壁も、新しくボードを貼った所とコンクリートのままの両方を見比べられるように。
コンクリート躯体を現した仕上げをリクエストするクライアントは多いんですが、断熱材を入れないと冬はめちゃくちゃ寒い(笑)。それも含めて体感してもらえる点もいいなと思っています。
■ミニマルな空間と民芸と。好きなもので補って完成する家
シンプルな空間で存在感を放つのが、世界各国で集めた民芸品や絨毯、ファブリックの数々。
3歳まで父親の仕事の関係でパキスタンに暮らし、中学時代はイギリス、大学院ではイタリアに留学と各国で暮らした経験がある日高さん。学生時代から東南アジアや中東に旅に出かけ、少しずつ民芸品を集めてきたそう。
現地のローカルな民芸品だとか、土着を感じるものが好きなんです。
旅に出るときはいつも地元の建築家を紹介してもらって、薦められた集落や建築を巡ります。そうすると、普通の暮らしで使われているものにたくさん出会える。民家で使っているものを交渉して売ってもらったこともありますね。
内装をあまり作り込まなかったのは、「自分の好きなものがかっこよく見える家にしたい」という思いもあったから。
僕、カウカモマガジンで掲載している建築家の阿部勤さんの「中心のある家」がすごく好きなんです。
あの場所には阿部さんの好きなものが詰まっていて、隅々まで思考が浸透している気がする。自分の中で、ひとつの指針になっている建築です。空間ってこんな風に成長するんだなというか、竣工時より今の方が絶対にいい。
だから最初からキメキメで隙のない家も作れるけど、ちょっと隙があって、ものや振る舞いで補ってあげるような空間の方が生きやすいと思うんです。そんなこと言ったら、他の建築家に怒られそうですが(笑)。
今は床に布を敷き詰めていますが、これから壁にも貼って壁画みたいにしたいし、ミニマルな空間を植物で覆うようなこともやってみたい。最近、1階の庭付き住戸に住んでいるおばあちゃんと仲良くなったので、上の階に届くまで木を育てるようにお願いしているんです。
いろいろやりたいことはあるけど、予算の壁があるから(笑)。5年後ぐらいに、また見に来てください。
受け継いだ白とコンクリートの空間を、少しずつ自分の色に染めていくように。数ヶ月後、数年後の姿が楽しみです。
ーーーーー物件概要ーーーーー
〈所在地〉東京都渋谷区
〈居住者構成〉ご本人
〈間取り〉2LDK
〈面積〉102.78㎡
〈築年〉築47年
〈設計〉HaT Architects
〈施工〉todo
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取材・文:石井妙子/撮影・編集:國保まなみ