■街の表情が失われる? チェーン店化へのカウンター

「チェーン店」というのもキーワードのひとつです。サブカルの聖地として広く認知されて人気が高まったことや、大規模な都市計画道路事業が決まったことなどを背景に、2006年ごろから下北沢の地価は上がり調子に! テナント料の高騰によって、旧来の小規模な個人店が撤退し、代わりに大手チェーン店が続々とオープンしていきました。

かつての南口があった駅の南側は、特にチェーン店の存在感が強い

下北沢ケージに関わる2〜3年前くらいから、『カルチャーに強い関心がなくてもラフに遊びに来られる場所になっているな』という実感がありましたね。歩いている人の雰囲気も、以前は髪が真っ赤だったり、見た目からして “いかにもな人” がいっぱいだったのが、デートで来ているような大学生風の方も増えてきて。

左・ “シモキタ” らしい水タバコ店の向こうには、ちょうど「ドン・キホーテ」が新規開店するところだった/右・古着とはテイストが異なる、プレーンなアパレルショップの姿も

チェーン店はとても便利な反面、最大公約数の満足を追求するため、どこにオープンしても同じ表情になってしまいがち。それはいい悪いではなく好みの問題なのかもしれませんが、従来の下北沢の魅力とは方向性が異なると言えそうです。

ここ「BONUS TRACK」が何より特徴的なのは、街の均一化へのある種のカウンターとして、“シモキタ” ならではの個性を丁寧に育む姿勢です(さながら自然保護官!)。

上・発酵食品を集めたマニアックな専門店「発酵デパートメント」/左下・旬の食材を使ったコールドプレスジュース、スムージー専門店「Why_?(ホワイ)下北沢店」/右下・古今東西のあらゆる日記文学や日記グッズが揃う「日記屋 月日」には、本格コーヒーを味わえるスタンドも併設されている

この場所で出会えるお店は、いずれも個性豊かで一風変わったコンセプトのものばかり。しかも公開されている情報によれば、家賃は店舗と上の住居のセットで月額15万円という破格の価格設定です! 長期的な目線で街のエネルギーを充填させよう、という心意気を感じますね。

「BONUS TRACK」という名前は、ここが線路の地下化によってボーナス的に生まれた土地であること、そして線路(トラック)だった場所、という歴史を踏まえたもの。さらに、もうひとつの意味についても教えていただきました。

日本家庭に根付いた民芸品であるダルマは、商売と住まいの中間にいる存在という理由でキャラクターに採用されたそう。よく見ると、目の部分が陸上競技のトラックになっている

CDのボーナストラックってありますよね。アルバム本編には入れられないけど、どうしても表現したいものを収録するための “余白” のような存在です。この場所も、ニッチなことはわかっているけれど、どうしてもやりたい挑戦を支援する場でありたい、という想いが込められています。

■自粛期間中に生まれた繋がり

ところで…… ここは「下北沢」駅から数100mしか離れていないのですが、だいぶ “シモキタ” のイメージからは離れているような? すごく静かで、のんびりした空気感の住宅街が広がっています。

施設と住宅街との境目は遊歩道として整備されている。犬の散歩やサイクリングなど、この場を日々のルーティンに組み込んで通り抜けていく人の姿も多い

もともとこの辺りは閑静な住宅街で、私自身もあまり来たことがなかったくらいなんです。もし外出自粛要請がなければ、まずは拡張したこのエリアに “外から” 人を集めなければと思ったかもしれません。

「BONUS TRACK」の記念すべきオープンは2020年の4月。その数日後に、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令されるというタイミングでした。

桜木さんたちは大々的に宣伝して人を集めるのではなく、まずは近隣に暮らす方がちょっと一息つけるような、自粛生活中の癒しになれる場所を目指したといいます。

地域の方々は年齢層に関わらず面白そうなものに対する受け入れ態勢があり、新参の「BONUS TRACK」に対しても、ポジティブに『ここは何なの?』と問いかけてくれることが多かったという

すぐ隣には住宅があって、そこで近隣の方々が暮らしていることを意識せざるを得ない状況でした。自分たちで “商店街” を名乗るわけですし、地域との接続感はすごく大切ですよね。その部分と最初にしっかり向き合うことができたので、結果的によかったと思っています

店舗の方に突撃インタビュー!

「BONUS TRACK」に出店している店舗の方からも、お話を伺うことができました。営業中にすみません! この場所や、街の魅力について教えてください!

①「お粥とお酒 ANDON」オーナー 武田さん

左上・オーナーの武田さん、この長屋の2階に住んでお店をやっているのだそう/左下・『いつもの』とテイクアウトオーダーする粋な常連さんを発見/右・お店イチオシの「なまはげIPA」。悪い子はいねがぁ! とばかりの苦味がたまらない

――ここはどんなお店なんでしょう?
おかゆ専門店です。僕の生まれ故郷である秋田の米をつかったおかゆと地酒で朝から夜まで楽しんでいただくことをテーマにしています。

――お客さんはどんな方が多いですか?
住宅街の中心にあるので、小さいお子さん〜おじいちゃんおばあちゃんまで幅広いです。散歩中のワンちゃん用おやつも用意してますよ。地元の常連さんが多いですが、最近は遠方から来てくださる若い人も増えました。

――店舗の2階に住んでみて、いかがですか?
まず移動時間がないのは大きなメリットですよね。あとはお客さんとの距離感がすごく近いというか…… 実際に住んでるからご近所のお客さんはリアルな “ご近所さん” なんですよ(笑)。物を買うだけじゃないコミュニケーションもあって、まさに商店街に住んでいるって感じです。

――下北沢の街の魅力とは?
下北沢で何代もお仕事されてたり、ずっと住み続けている方って結構いるんですよ。若者文化メインの新しい街っていうイメージだったけど、やっぱり昔からの暮らしを積み重ねて来た街でもあるんだって実感しています。住み心地は抜群ですね!

②「胃袋にズキュンはなれ」オーナー 福家さん

左・オーナーの福家さん/右上・焼き菓子を中心に、ドリンクやシロップなどが所狭しと並ぶ店内/右下・春の新作、抹茶とホワイトチョコのパウンドは玄米茶の香りと食感がアクセントに

――ここはどんなお店なんでしょう?
日本の食材を再発見してもらおうというコンセプトでつくる和の焼き菓子店です。熊本の米粉をベースに、お酒やクリームチーズ、バターまでこだわりの食材を使用して仕上げてます。

――福家さんは、下北沢エリアに何店舗も展開していらっしゃるそうですね?
ここで4店舗目です。今後は、年内に立ち飲みの居酒屋やカフェのオープンを予定しています。ずっと下北沢にいるのは、街に根付いていきたいという想いと、運営がしやすいという理由があります。常連さんがお店をめぐってくださるよさもありますね。

――下北沢の街の魅力とは?
“ごった煮” 感ですかね。まだここに線路が通ってた頃とか、駅前はかなりごちゃごちゃしてました。東口、北口あたりが昔ながらの下北沢が残ってるエリアで、「下北沢一番街商店街」のあたりは特にその雰囲気を色濃く残してると思います。

それから、チェーンではない個人店が多いです。演劇や古着の街ってイメージがありますが、下北沢はやっぱり食事のレベルが高い。都心で、世田谷区にある街なので、皆が切磋琢磨してそこまでのレベルになったんでしょうかね…… 

個人店が軒を連ねる「下北沢一番街商店街」の様子

2017年に取り壊された「下北澤驛前食品市場」。戦後にできた闇市の名残で下北沢の “ごった煮” 感の象徴的存在だった

■一度住んだら離れがたい引力

さて、ここまででだいぶ “シモキタ” の魅力が伝わったと思いますが(笑)、改めて住まい探し的な目線で街を見てみましょう。お話を伺った桜木さん自身も以前は近隣の笹塚や新代田、現在は下北沢〜三軒茶屋の間あたりにお住まいなのだそう。

住むエリアを変えてみようかとも思ったんですけど…… やっぱりこの辺りってめちゃくちゃアクセスがいいじゃないですか!「新宿」と「渋谷」駅の両方に直通だし、自転車で恵比寿とか代官山とかまで行けちゃいます。そのアクセスのよさに慣れすぎてしまって

京王井の頭線で「渋谷」、小田急線で「新宿」まで乗車時間10分以内でダイレクトアクセス! どう転んでも便利である

ああ、シモキタに住みたい……! いよいよテンションが高まってきましたが、ここで現実的なハードルが。下北沢は、物件数がかなり少ないのです。駅周辺はほとんど住宅はありませんし、少し離れた住宅街でも戸建てが多く、人の住み替わりはとても緩やか。店舗インタビューでもあったように、長くこの場所に住まわれている方が多いエリアです。

幸いなことに駅と駅の間が比較的近いので、京王線の隣駅「池の上」や小田急線の隣駅「東北沢」あたりの物件を狙って、“シモキタ” をテリトリーにするのもアリかもしれませんね。

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左・『東北沢に住んでて、家は “シモキタ”って言う方も結構多いと思います(笑)』と桜木さん 。/右・この鎌倉通りを北上すれば「笹塚」も徒歩圏内だ

■マーブル模様のカルチャーよ永遠に

最後に、 “シモキタ” のこれからについて尋ねてみると、桜木さんは先日「BONUS TRACK」で開催された「しもきたはっこうマルシェ」というイベントでの様子を話してくださいました。

「しもきたはっこうマルシェ」の様子。様々な年齢層のお客さんが集まった(提供:BONUS TRACK)

その日の会場では、コアな日本酒好きのお客さんとインスタ好きの女子大生という、通常ではありえないような客層の共演が起こっていたとのこと。それぞれが『日本酒最高!』『映える!』と楽しむ様子は、異なった趣味嗜好の世界がマーブル模様のようになっていたのだとか。なるほど…… 赤と青が混ざって紫になるんじゃなく、赤と青のマーブル模様になるんですね。

桜木さんは、『それらを隔てたりせずに、もっと色とりどりのマーブル模様ができていくといいな』と笑顔で語ります。

ここを “古着の街” って思ってる人もいれば、“カレーの街” って思ってる人もいます。私が学生の時はカレーのイメージはなかったので、どんどんハッシュタグが増えているような状態ですよね。演劇、ライブ、謎解き、はしご酒、ボードゲーム…… この街にはいろんな目的、それぞれの好きが入り混じってる。そういう状態ってほかの場所ではあまりないと思うんです

ボーナストラックの取り組みは、宝箱の蓋を開けて、中の分厚い仕切り板をそっと取り外すような試みと言えるかもしれません。場をひらき、色とりどりのカルチャーが共存できている状態を目に見えるようにする。そうすることで、訪れる人は “これもアリだしそれもアリ!” という街からの肯定感を目一杯に受け取ることができるのでしょう。

・路地に広がったカフェでは、皆が思いおもいに自分の時間を楽しんでいる。/左下・街角に置かれたピアノを楽しそうに連弾する大学生を発見。街に満ちるポジティブな空気を感じる瞬間だ。/右下・青空市で売られていたカラフルなビーズに、街の姿が重なるような

それぞれのコアなファンの人たちって、ほかのもののファンのことも尊重できると信じていて。自分が好きなものへの愛があるからこそ、ひとそれぞれ別の愛があっても、それを大事にできるんじゃないかと思うんです

下北沢はたくさんの愛を抱えた場所で、そこでは多様なカルチャーへのラブソングが今日も生み出されています。そして「BONUS TRACK」に収録されているのは、下北沢の街そのものへのラブソングでした。

街の個性を大切にしようという揺るぎないコンセプトのもと、今 “シモキタ” はさらに懐深く、エリア的にも精神的にも拡張しようとしているのではないでしょうか。

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【INFOMATION】
店名:BONUS TRACK(ボーナストラック)
アクセス:東京都世田谷区代田二丁目36番12〜15(google map
営業時間・定休日:各店舗による

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