気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第87弾は「不動前」です。


東急目黒線に揺られて、始発の「目黒」からひと駅。今回降り立ったのは「不動前」駅です! 皆さま、この街についてどんなイメージを持っているでしょうか?

駅周辺の風景。「不動前」という名称は、徒歩15分ほどの場所に「目黒不動尊」があるから付けられたそう。

「不動前」は地図で言うと「目黒」の下で、「五反田」の左隣で、「武蔵小山」の右隣にあたります。アドレスとしては「下目黒」「西五反田」「小山」あたりで、どこにも「不動前」という地名はありません。

うーん、鮮やかなまでの姿の消しっぷり。なかなか掴めない透明なアイデンティティを持つ街、それが “不動前エリア” ……と言えるのかも。

© OpenStreetMap contributors

さて、今回取材させていただいたのは2021年にオープンしたばかりのカフェ「TONER(トナー)」。そんなに新しいお店なら、“街の先輩” ではなく “新入生” なのでは? とお思いでしょうか。

仕事にかこつけておしゃれなお店に行きたかっただけ、というわけではありませんよ(ほ、本当です)! 

実はこちらのお店、2020年まで同じく「不動前」で営業していた「158&co.(イチゴーハチ)」が移転に伴いリニューアルオープンした姿なんです。

そして、新店舗と旧店舗から徒歩数分の場所には、リニューアル中にオープンした「158 coffee cart(イチゴーハチ コーヒーカート)」という2号店も。

「158 coffee cart」は現在独立し、「DAY COFFEE(デイ コーヒー)」と名前を新たにして営業されています。いずれもこの街にしっかりと根を下ろし、住民の方々との結びつきを持ったお店たちなんですね。

© OpenStreetMap contributors

お話を伺うのは「TONER」のデザイナー兼ディレクター・金木さんと、「DAY  COFFEE」のオーナー・谷口さんです。店舗が変遷しつつも、変わらずにこの街でお客さんを迎え続けるふたりの先輩から、お店や街について聞かせていただきましょう!

店内の様子。天気のいい日は目黒川が見えるテラス席も開放される。

■店名に込められた想い

店内入口の扉にはロゴが。ガラスに目黒川沿いの並木が映り込む。

店名の「TONER」は、印刷機械にセットするあの “トナー” から来ているそう。お店のオーナーのひとりがカラリスト(映像などの色の調整をする仕事)をしていることから、色にちなんだ名前をつけたのだとか。

ヴィンテージのものや、長く引き継がれてきたものが好きだという「TONER」の金木さん。以前に建築を学んだという経験も、店舗デザインに活かされている。

金木さん:店が提供するコーヒーや料理、音楽で、皆さんの “色” が映える、ベースとなるような店づくりをしたかったんです。なので店内は、落ち着きのあるグレーを中心にまとめています。

おお! 鮮やかな彩を添えるのではなく、引き立たせるというスタンスなんですね。

「TONER」のスタイリッシュな佇まいはSNS上で「#無機質カフェ」と表現されることも。でも、訪れる人それぞれの “色” を映えさせたいという店の想いは、意外なほど温かく、有機的だと思います。

そして店内でひと際目を惹くのが、コチラの大きな曲面の存在。なんと、店内にスケートボード用のランプが組み込まれているんです!

ランプの上には、半フロア上がった半個室の座席が。曲面を登るわけではなく、隣には階段があるのでご安心を。

金木さん:いろんな方にこの場で交わってもらいたいので、特にターゲット層みたいなものは想定してないんです。

例えばこれ(ランプ)がスケボーで使うものだとわからない人もいるだろうし、子どもにとっては滑り台にも見えるだろうし。

そんな風に、それぞれが自由に、“自分のものの見方” で楽しめる空間を作れたらいいなって。

左上・こちらはおしゃべりが弾みそうなカウンター席。/左下・奥の空間は日本食をメインにしたバーとしても営業するので、和を意識したデザインで仕上げられている。/右・ソファに身を沈め、空間を見渡せるロフト席(個人的にはここが好きです♡)。

さまざまなタイプの座席が用意されているところにも、多くの視点を大事にしたいという想いが表れているのがわかります。視点が変われば受け取る印象も変わり、自分なりのお店の楽しみ方が見つけられそう。

『あそこに座るとどんな感じだろう?』と、何度も通いたくなっちゃいますね!

■お店の始まりは “ご縁”

さて、ここでお店のヒストリーについて少し。「TONER」の前身である「158&co.」は、“不動前エリア” の山手通り沿いに位置していました。以前は家具店だったそうで、金木さんもそのお店にお客さんとして通っていたのだとか。

そして家具店の移転にあたり親しい交流のあったオーナーさまが、当時事務所物件を探していた金木さんに『ここ借りてみたら?』とおすすめしてくれたのだそうです。

山手通り沿いにあった「158&co.」。古い建物ながら正面に背の高い建物がなく天井が高いおかげで、大きな窓から店内の奥まで自然光が降り注ぐ、開放的な空間だった。©︎TONER 金木様ご提供

アパレルの仕事用に事務所・アトリエを探していた金木さんにとっては手に余る広さだったといいますが、悩んだ結果物件を引き継ぐことに。

コーヒーの仕事をしている知り合いを引き入れて、2016年11月、カフェ兼アトリエとして「158&co.」がオープンしました。

金木さん:最初はアトリエと半々なので客席も少ないですし、お客さんが入りやすいような雰囲気でもなかったんですけど……。僕はそれまで洋服の仕事をしてきたので、実際に店頭に立つのは初めてだったんです。

それが、自分が作った空間に来てくれたお客さんの反応を見てるとすごく楽しくて、喜んでもらえることが嬉しくて。

ヴィーガンやグルテンフリーのメニューを揃えているのは、人それぞれの生き方や条件にできるだけ対応したいという想いからだそう。

お客さんが増えるにつれて少しずつカフェ営業に力を入れるようになり、そして現在に至る……というわけなんですね。

金木さん自身が「不動前」近辺にお住まいだったことも関係はありますが、この街で店を持つことになった経緯は強いこだわりというよりも、むしろ人とのご縁に基づいた自然な成り行きという印象を受けます。

金木さん:なので、「不動前」でお店を始めたこと自体はたまたまなんです 。たまたまなんですけど……もともとコーヒーの有名な街でやるより、結果的に場所はすごくよかったなって。やっぱりここは “住む街” なので 。

コーヒーはひとつのサービスであって、自分は “空間を提供したいんだ” という考えになれましたね。

地域に根付き、たくさんの常連さんから愛されるお店となった「158&co.」。しかしながら、2020年のビル解体に伴い移転することに。

そして生まれたのが、山手通りから1本奥の通り沿いの「158 coffee cart」、そして目黒川沿いのここ「TONER」でした。

「158 coffee cart」は現在、「158&Co.」で店長をされていた谷口さんがオーナーとなり「DAY COFFEE」という名前でリニューアルオープンしています。

「DAY  COFFEE」は地域の人がふらりと訪れるというリラックスした雰囲気。時には小さい子どものお客さんの姿も。

ちなみに『「158&co.」の読み方は「ワンフィフティエイト」ですか? 「イチゴーハチ」ですか?』 とおふたりに尋ねたところ、『もともとは英語読みで始めたんですけど、イチゴーハチの方が呼びやすいですよね(笑)。

イチゴーハチで呼ぶ方も多いですし、どっちも正解で、どっちでもいいんです』と、揃って大らかな笑顔を見せていただきました。

■クリエイティブなお土地柄?

それではいよいよ、街のことについて聞いていきましょう。金木さんは現在も「不動前」近辺にお住まいで、谷口さんは毎日「DAY  COFFEE」のカウンターに立っている街の先輩です。

先ほどのお話で『ここは住む街なので』という言葉が出ましたが、おふたりの実感だと「不動前」にはどんな方が多いように思いますか?

「158&co.」そして「158 coffee cart」の店長を経て、「DAY COFFEE」のオーナーとなった谷口さん。

谷口さん:クリエイティブな仕事の人は多いと思います。目黒にはAmazonのオフィスがありますし、五反田にはIT系の企業が集まってるじゃないですか。

その関連で「不動前」周辺に住まわれてる方って多いような気がしますね。前店舗の時は、PCを持って毎日仕事しに来てくれるお客さんもいました。

山手通りから南西側に伸びる「かむろ坂」。左右から桜が大きく枝を伸ばし、春には花のトンネルができる。坂の上には昔から住われている年配の方が多く暮らしているそう。

金木さん:都心からちょうどいい距離感の住宅街なので、昔から住んでる人と、越してきた人が混ざってるような印象があります。

山手通りを挟んで北側(目黒川の方)に住む若いファミリーさんは、大手企業で安定感のある堅実な方だったり、フリーランスで自分の好きに時間を使える方が多いイメージですね。

わりと皆さん自分に自信を持っているというか、堂々とした雰囲気を感じます。

谷口さん:「DAY COFFEE」がある山手通りを挟んで南側と、雰囲気が違う印象を受けますね。

山手通りを挟んで北側、目黒川沿いには築年数の浅い高層マンションがちらほら。きれいに整った毛並みのペットを散歩させる人や、私立の制服姿の学生さんとすれ違う。

山手通りを挟んで南側、武蔵小山へ向かう一帯にはローカルさの残る住宅街が広がっている。戸建ての合間には、地下化した目黒線の線路跡地を利用した全長約400mの「不動前緑道公園」が。ボランティアによって花壇がお手入れされ、四季の花を楽しめるほっこりスポット。

■ちょうどよさ=暮らしやすさ

続いて「不動前」のいいところ、個人的に好きなところを尋ねてみました。すると谷口さんからは『僕も住みたいくらいです』と、街への率直なラブコールが。

谷口さん:ガチャガチャしていないところがいいんです。「目黒」「五反田」「中目黒」に行きやすくて便利なのに、なんだか落ち着いてる。住むのには一番ちょうどいいと思いますよ。

ただ、自分の店が近くなりすぎるので、残念ながら住めないんですけど……(笑)。

金木さん:住むなら林試の森あたりがいいかなあ。公園もすごく広いし。店も近すぎないし(笑)。

120,000㎡の広さを誇る「林試の森公園」は、都内有数のグリーンチャージスポット。ペットの散歩や朝のジョギングに活用している人の姿がよく見られる。生活圏内にこんな場所があるって、本当に贅沢!

金木さん:絶妙なんですよ。カッコつけてないし、メディアで “住みたい街” と言われてもないし。例えば「武蔵小山」だと “東京一長いアーケードの商店街!” みたいな、看板となる言葉がついてるじゃないですか。

「不動前」って、そういう意味で『これ!』ってものが本当にないんですよね。ただ、どこへ行くにも近いし、縦は山手通り、横は目黒通りが通っているので目的地にアクセスしやすい。

バスも頻繁に通るので「中目黒」や「二子玉川」、「大崎」や「大井町」の方面にも行けます。

僕は普段、車やバイクを使うんですけど、高速の入口が近くて、東名も第三京浜も首都高も乗りやすいですよ。

目黒川とほぼ平行に延びる、山手通りこと環状6号線。それと直交するように目黒線が走っている。バスも頻繁に発着しているので、交通手段に困ることはなさそう。

写真正面に見える建物の左側、駐車場が「158&Co.」の跡地。山手通りは交通量が多く、整備のために長期間工事が実施されることが多い。旧店舗時代には常に店の目の前で道路工事がされていたそうで、『山手通り周辺に関して言えば、ちょっと落ち着かない印象』という正直な感想も。

金木さん:特徴がないので、言ってしまえばどんな人も住みやすいと思います。逆に華やかさを求める人にとっては、便利だけど物足りないかもしれない。

“不動前エリア” って目黒区と品川区のちょうど分かれ目なんですけど、そのせいか目黒区のちょっとハイソな雰囲気と、品川区のもう少し下町っぽい生活感と、どっちも共存してる感じがしますね。

「不動前」駅を中心として東西に広がる「不動前駅前通り商店街」。昔ながらの個人店と大手の飲食チェーン店がギュッと軒を並べる親しみやすい雰囲気。

おふたりが街の個性について話すとき、何度も『ちょうどいい!』と表現していたことが心に残りました。これっていうものがない、特徴がない。だけど過剰じゃなくて、不足もない。

そんな気負わない空気感が、暮らす上ではすごく心地いいってことなんですね。ベースが整っているからこそ、その人なりの暮らし方=マイスタイルがあれば、自分色にこの街を楽しむことができそうです。

■では、ポストカードを作るなら?

街について話が盛り上がってきたところで、ちょっと変な質問をさせてくださーい!

『もしも自分が「不動前」のポストカードを作るとしたら、どこの風景を切り取りますか?』

谷口さん:うーん、「目黒不動尊」かな? いやでも、うーん……。

日本三大不動のひとつ「目黒不動尊(瀧泉寺)」は、さすがの貫禄ある佇まい!「不動前」駅からは徒歩15分と意外に離れているものの、由緒ある門前町という歴史背景は住むテンションをちょっぴり上げてくれる。

上・参道に続く歴史ある商店街。江戸時代には、目黒の名産だったタケノコを使った筍飯が売られていたのだとか。/下・商店街にある老舗うなぎ店「にしむら」は、不動前のグルメスポットとして有名!

ここで、悩むおふたりから『どう思う?』と話を振られた「TONER」のスタッフさんが、『ポストカードには向いていないですけど……』と、名もなき街角の風景についてコメントしてくださいました。

岡崎さん(スタッフ):山手通りから「DAY COFFEE」に入っていくわかれ道は、結構「不動前」っぽいなと思います。「DAY COFFEE」の方に歩くとそのまま駅に出るし、右に行くと商店街があって、目黒不動尊に着くんですよ。

金木さん:なるほど。そう言われてみたら、あそこにはいろんな選択肢があるよね。

場所は目黒不動交差点。山手通り沿いに新規開店して周辺の生活利便性を爆上げしたという100円ショップ「ダイソー 目黒不動店」が目印。このピンクの看板を背に振り向くと、うわさの分かれ道がある。

背面には山手通りが横切り、写真左奥へ進むと「DAY COFFEE」を経て「不動前」駅へ。そして写真右手の朱塗りの柱には「目黒不動尊参道入口」の文字が読める。

たしかに何もない場所なのですが、あっちにも行けるし、こっちにも行ける。それぞれ魅力的な選択肢と、その先の広がりを感じさせてくれる場所でした。

なんだか、「不動前」のことが少しずつわかってきた気がします!

金木さん:東京に住んでいても、「不動前」を知らない人は結構多いと思うんです。だから “◯◯な街” とイメージを限定されないというか。便利なのに知名度がなさすぎて、ほかと比較されないのがいいのかも。

■未来を見据えて

改めて空間全体を眺めてみると、おふたりの “色”、めっちゃ映えてます。

最後に、「TONER」の今後のヴィジョンについて聞かせていただきました。金木さんは近隣にとても多いという保育園・幼稚園を例にあげて、『地域とさらに深く関わるお付き合いをしていけたら』と語ります。

金木さん:例えば遊具のペンキを塗るお手伝いをしたりとか、親子で一緒に楽しめるワークショップを企画できたらなと思ってます。

あとはデザイナーの個展とか、何かを表現する人にももっともっと使ってもらいたい。カルチャーに敏感な人たちに来てもらうことで、またいろんな “色” が増えたらなって。

右奥のスペースには、実はシルクスクリーンの印刷設備も整っている。毎月第3週の土日に開催されるイベントなど、今後大活躍する予定とのこと。要チェック!

“皆さんのベースになれたら” という「TONER」は、色彩を引き立たせるベースカラーでもあり、仕事や暮らしのリズムをつくる基地でもあり、個性・感性を活ける花瓶という意味でも “ベース” なように思えます。

今回不動前の街を歩き、気負わない空気を感じれば感じるほど、インタビューで話していただいた「何もない」は、「なんでもあり」にそのまま置き換えられる気がしてなりません。

この街の魅力は、ハッシュタグやラベリングからするりと身をかわした、その自由さにあるのかも。

「不動前は◯◯な街でした」。だからこの記事も、そんな風にまとめるのは野暮ってものです。