使い込まれた表情の足場板、メゾネットの上下階を貫くようにそびえるブリックタイルの壁、むき出しのコンクリート壁、漆黒のスチールサッシ…。まるで海外にあるレンガ造りの倉庫のような空間だけど、ここは小田急線・経堂駅から徒歩7分の立地にあるヴィンテージマンションのいち住戸。

店舗の設計施工会社、リノベーション会社を経て、ゆくい堂に入社した寺田勢司さん。

プランニングに着手した時点でイメージしていたのは、ニューヨークのブルックリンでした。

と話すのは、この住戸をリノベーションしたゆくい堂の寺田勢司さん。住戸のどこを見渡しても、手間とこだわりが存分に詰まっていることは一目瞭然。世界観たっぷりな住まいが出来上がるまでのお話を伺いました。

2階の入口を入ると、オープンな洗面台が目に飛び込んでくる。左手のスチールサッシの内部はバスルーム。

プランは何十通りも検討しました。最終的に、「キッチンの前に窓があったら気持ちがいいよね」という意見から、現在のプランに固まっていきました。

住戸は2階と3階のメゾネットで、延床面積は68㎡。2階にある住戸入口のドアを開けると、自転車が余裕で置ける広さの土間玄関。正面には鉄骨階段、横にはクラシカルなデザインの洗面台がインテリア然と佇んでいます。

左・クラシカルな洗面台と無骨な鉄骨階段の対比が効いてます。/右・コーナー部分を曲面の役物タイルで仕上げたバスルーム。

その正面、スチールサッシで囲まれた白いタイル貼りのバスルームの先には、クローゼット付きの居室があります。印象的なブリックタイル貼りの壁には、足場板で作った棚とハンガーバー。まるでアパレルショップのディスプレイコーナーのようです。

壁にはショップのようなディスプレイコーナーが。手前のユーズドのパレットはベッド台代わりに。

3階は南北2方向の開口部に視線が抜ける約18畳のLDK。重厚な足場板の床がフロア全体に広がります。ブリックタイル貼りの壁に負けず劣らず、既存内装を撤去した跡が残るコンクリートの壁もインパクト大。キッチンのフレームはH鋼、天板はレッドパインの古材。鎖で吊るされたオリジナル照明など、インダストリアルな雰囲気が漂います。

ブリックタイル、コンクリート、足場板。ワイルドな素材で構成された3階LDK。

以前の内装はすべて撤去し、スケルトンから空間をつくり上げました。水まわりの位置も大幅に変更して、配管はすべて取り替えています。もともとの間取りや内装を活かした方が効率面ではいいのでしょうが、「つくりやすい空間」や「売りやすい部屋」よりも、「住みたい家」を重視したい。僕ら自身がいいと思える住まいと暮らしを提案することが、ゆくい堂のリノベーション済み販売物件のテーマなんです。

3階LDKの南側。窓外の建物が低層なので陽当たりがよいだけでなく、すぐそばにある緑道の桜も望むことができます。

そんなゆくい堂のこだわりは、素材にも表れています。足場板は、海外の工事現場で実際に使われていたもの。ブリックタイルはわざと割って、不規則な並びで貼り付け。クローゼットのルーバー扉はあえて無塗装品を選び、刷毛の質感を残して塗装したり、昔の窓の施工法を踏襲して作ったスチールサッシなど、その素材のセレクトや扱い方は、効率性や経済性ばかりを重視した家づくりとは一線を画すものです。

工事の最中も、実際の空間を見ながら、弊社代表・丸野や現場の職人さんたちとアイデアを出し合って、どんどんアレンジを加えていきます。キッチンの照明は、最初に作ったものがダメ出しを食らって、作り直したものなんです。正直、最初のものは自分でもあまり納得していなくて、作った本人が自信を持てないものはやっぱりよくないんですね。そんな風に、「こうしたらもっとよくなるんじゃない?」をとことん追求していくんです。こういう家づくりは、普通の工務店ではなかなかできないでしょうね。

H鋼とレッドパインの古材で造作したキッチン。シャワーヘッド付きの水栓がインパクトあります。

今回の物件のプランナーであり、内装ディレクターであり、工事監理者であり、そして時には職人という、マルチプレイヤーな寺田さん。普通なら、設計は設計者が、施工は現場監督が、という風に分離されるものですが、ゆくい堂では、空間を「考える」から「つくる」まで、ひとりの担当者が一貫して手掛けるスタイルをとっているそう。

実は僕、どちらかというとキレイめな空間づくりが得意なんです。今回の物件も、階段の手摺やバスルームのタイルに曲線を取り入れたり、スチールサッシの厚みや形にこだわったりと、華奢な要素を各所に加えて、野暮ったくならないように配慮しました。新設する部分はキレイに、ディテールも繊細に仕上げて、ラフ一辺倒にならないようにバランスをとっています。

左上・キッチンのH鋼は重量の軽い特殊なものを使ったそう。/右上・工場で使われていそうなインダストリーな照明。/左下・バスルームの入口ドアは寺田さん手作りの革の取っ手カバー付き。/右下・リアルユーズドならではの貫禄たっぷりの足場板の床。

セメントがこびりつきガサガサだった足場板は一枚一枚丁寧にヤスリを掛け、コンクリートの壁は赤い錆び止め塗料をサンダーで地道に削り…。そんな細やかな気遣いが随所に盛り込まれた空間は、一見ワイルドに見えながら、どこか上品さも感じさせます。「ラフ」なのに「キレイめ」。寺田さんが手掛けたからこそ実現した、相反する要素が同居した希有な空間です。

左上・経堂駅は新宿駅まで急行で13分。準急も停車するので便利。/右上・駅から物件までの道のりには賑やかな商店街が。駅の北口にはショッピングモール「経堂コルティ」もあります。/左下・物件から徒歩1分の距離には「ライフ」。/右下・近所の緑道。住戸からはここの桜並木が見えます。

1LDKでメゾネットという間取りを考えると、シングルかDINKSが向いていそうな家ですが、駅前にスーパーや商店街、マンションから徒歩1分の所にもスーパーがある環境は、ファミリーにも暮らしやすそう。つくり手として「どんな住まい手に、どう暮らしてほしいと思うか」を寺田さんに聞いてみました。

丹念にヤスリ掛けして研いた足場板を撫でながら、「リアルエイジングの貫禄を味わってほしいですね」と寺田さん。

正直言って、つくった僕自身、この部屋一体どうやって住もう?という感じ(笑)。もちろん、プランニングの時点では大まかな暮らし方をイメージしていましたが、実際に出来上がった空間を見ると、どんな風にも住めるなと思ったんです。「この空間はこういうテイストだからこう住まなきゃ」といった固定観念にとらわれず、「こんな暮らし方もアリかも?」と考えられる、妄想力が高い人に暮らしてほしいですね。

「こんな風に暮らしてほしい」という型がないということは、逆を言えば「工夫次第でどんな風にも暮らせる家」と言えるでしょう。個々にストーリーを持った素材たちがぎっしり詰まった空間は、それ自体もひとつの素材。このオリジナリティたっぷりの素材を、どうやってあなたの暮らしに生かすのか? この家での暮らしが妄想できた方は、この家の主になる素質アリです。



取材・文:佐藤可奈子/撮影:cowcamo