気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第83弾は「新丸子」です。
都内から東急東横線に乗って横浜方向を目指すと、途中でイッキに視界がひらけて、大きな空と光る水面が目に飛び込んできます……多摩川です!
川の向こうは神奈川県。そこで真っ先に迎えてくれる玄関口的な(?)街が、今回の舞台「新丸子」。
東横線の全21駅の中で、「新丸子」は10番目の駅。ちょうど「渋谷」と「横浜」との中間地点にあたります。東横線のほかにも目黒線が乗り入れており、実は都心へのアクセスがいいんですよ。
ところで「新丸子」って、神奈川県? 東京都大田区じゃなかったっけ? という方がいらっしゃるかもしれません。それは「下丸子」です(ちなみに筆者も以前、取材場所を思いっきり間違えた経験があります)!
なるほど、「新丸子」駅は神奈川で「下丸子」駅は東京なのか……と思ったら、地名の「上丸子」「中丸子」は川の向こうの神奈川にあったりします。ちょっと丸子がゲシュタルト崩壊してきたので、まとめてみましょうか。
■不在のまるこちゃん
そもそもの東急東横線「丸子」駅は、1923年に多摩川の東京サイドに開設されました。混同を避けるべく、3年後に神奈川県の「上丸子」に開業した駅が「新丸子」と命名されたのですが……なんと切ないことに、同年「丸子」駅は「沼部」駅に改名してしまいます。
そして東京サイドでかつて「丸子多摩川」と呼ばれていた「新丸子」の隣駅は、その後改称を繰り返し現在は「多摩川」駅に。結果、多摩川の東京サイドに「下丸子」駅(東急多摩川線)、神奈川サイドに「新丸子」駅(東急東横線)というふたつの駅が残ったのです。
ざっと駅名の変遷をお話ししましたが、プレーンな「丸子」が不在というのがちょっと面白いですよね。
ちなみに「丸子」は日本全国で見られる地名で、いずれも川のそばに存在しています。諸説ありますが、これは古代から「丸子部(まりこべ:川の渡しを管理したり、運輸、防衛などに携わる職業の人)」が多く集まっていたからだとか。
■老若男女が笑顔になれる、街のダイナー
さてさて、今回お話を伺う街の先輩は、新丸子にあるアイスクリームダイナー「BIG BABY ICE CREAM(ビッグベイビー アイスクリーム)」代表の吉田 康太郎さんです。
平日の開店前にお邪魔したのですが、インタビューの途中から、店の外には開店を楽しみに待つお客さんがちらほら。その人気ぶりがうかがえます!
吉田さんがお兄さんの健太郎さんとお店をオープンしたのは2018年のこと。ふたりはいつか自分たちのお店を持つ夢のため、北京・NY・ベルリン・ロンドンといった国々を周り、参考となる店舗のイメージを集めてきたのだそうです。
そして、インテリア関係のお仕事をされていたお兄さんが独立するタイミングで吉田さんもロンドンから帰国。ここ「新丸子」の街にアイスクリームダイナーを開くことを決意しました。
僕たちのひいおじいちゃん・おじいちゃんがコンニャク屋だったんですけど、夏場はコンニャクの売り上げが悪く、アイスの製造や卸しをしていたんです。そういう背景があって、『アイスはどんな世代の人でも好きな食べ物だからいいな』という想いでお店をはじめました。
店名は『アイスを食べるときくらい、大人はおっきい子どもに、子どもはおっきい赤ちゃんになろうぜ』って意味で名付けています。
「BIG BABY ICECREAM」のコンセプトは “3世代が楽しめるアイスクリームダイナー” 。3世代とは、“0歳から100歳まで=幅広い年代” という意味なのだそう。
ある特定の年齢層をターゲットとするのではなく、すべての世代に向けて営業するのが自分たちの性に合っている、と吉田さんは語ります。
3世代のためのお店だから、アイスクリーム屋じゃなくてダイナー(食堂)なんです。メニューにはお酒もあれば、サンデーもあって。席は家族が集まれるL字型、若い子たち向けのハイスタンド、大人が座るカウンターと、バリエーション豊富にしました。
■「新丸子」ベスポジ説
もともと吉田さん兄弟は「白楽」で生まれ育ったこともあり、馴染みのある東横線沿線で店舗用物件を探し始めました。当初は「中目黒」や「代官山」を候補にしていたものの、実際に街を歩いてみると、どこか自分たちの空気感と違うように感じたと言います。
そして、検討の末ついに見つけた街が「新丸子」だったのですが、ふたりとも東横線のなかで唯一降りたことがなかったという、全く馴染みのない街だったんだとか。それならばなぜ、この街に決めたのでしょう?
初めて訪れたはずなのに、どこか懐かしい空気を感じたんですよね。昔からお店をやられているご年配の方たちもいるし、それでいて商店街を抜けると築浅のマンションが建ち並び、若いファミリーも住んでいて。
なんだかすごくいいバランスで、いろんな人がいるなっていう第一印象を抱きました。過ごしてみると分かるんですけど、「武蔵小杉」の再開発の余波がこっちまでは来てない感じもよくて。
なんといっても「新丸子」のいいところは、歩くスピードがゆっくりで、せかせかしていない空気感です。みなさんが気張ってない感じがいいんですよね。
僕たちのお店はもともと、婦人服店だった場所なんです。大家さんはこの商店街の会長をされていて、若い世代への理解もとても深い方で。
僕は当時まだ22歳だったんですけど、やりたいことをお話ししたら「頑張れ」とふたつ返事で了承してくださいました。これはもう、奇跡みたいなご縁だったなと。
なるほど。アイスクリームダイナー「BIG BABY ICECREAM」は、色々な世代の人が行き交う、自然体なこの街だからこそ生まれたのかもしれません。その思いを吉田さんは力強く言葉にしてくださいました。
この店は、幅広い年代の人が住んでいて穏やかな空気が流れつつ、カルチャーへの感度がある人も立ち寄りやすい「新丸子」という場所だからできたのかなって。
それこそ「中目黒」や「代官山」では絶対に作れなかった店だなって、振り返ってみて思いますね。
■摩天楼は意外と近い
いろんな国を見てまわったという吉田さんに、ぜひ聞いてみたい質問が。あの〜、「新丸子」を海外の街に例えるなら、どこと雰囲気が似てると思いますか?
うーん、どこだろう……ブルックリンの “果て” ぐらいですかね?(笑)
東京側から「丸子橋」を渡ってくると、「武蔵小杉」の高いビル群が見えて。なんだけど、その手前で降りるとこういう緩やかな空気が流れている感じが似てるかも? いや、ブルックリンって言っちゃうとかなりオシャレな感じがしちゃいますけど(笑)
ふむふむ、高層ビル群をすぐそばに望むスモールタウン、という意味では近い雰囲気はたしかにあるのかも。さて、ここで声を大にしてお伝えしたいのは「新丸子」駅と「武蔵小杉」駅はめちゃくちゃ近い! ということ!
距離にしてなんと450m、徒歩でわずか約6分なんです。実際に歩いてみましたが、歩いて行けちゃうというより、歩いているうちに自然と着いてしまった、くらいの感覚。
お隣の「武蔵小杉」といえば、ここ10数年の再開発によってタワーマンションや大型商業施設が建設され、目覚ましい進化を遂げたエリア。住む場所としても人気が高く、株式会社リクルート住まいカンパニーが発表する「住みたい街ランキング」では、毎年上位にランクインしています。
休日には行列ができるほどたくさんのお客さんに愛されている「BIG BABY ICECREAM」ですが、大発展している「武蔵小杉」で出店しようとは思わなかったのでしょうか?
賃料が高いんですよね。そうなるとやっぱり今の価格ではやっていけないし、3世代に通っていただけるお店にはなれなかったと思います。そういう意味でも、「新丸子」は本当にちょうどよくて。東京からも神奈川からも来やすい立地ですし。
お店を通じて日々「新丸子」の街を見つめている吉田さん。近年では、立地×価格面でのメリットを踏まえ、この街に移り住んでくる若い世代が増えてきたと感じているそう。
ファミリー層もですけど、20代後半の僕ら世代のひとり暮らしやカップルが増えてきている印象ですね。
「学芸大学」を始めとした東横線沿線の人気の街に住んでた人たちが、『もうちょっと広い部屋に住みたいな、でも家賃も上げられないしな……』って考えたときに、ここなら同じ沿線で、もっと手ごろな金額で広い家に住めるから。
なるほど! たしかに住まい探しのうえで、“大きい街の隣にあるスモールタウン” や “有名駅の隣にある各駅停車駅” は狙い目かもしれませんね。特に「新丸子」のように、隣駅との距離が極端に近い場合はおいしい思いができちゃいそうです。
■「売れるお店」ではなく「いいお店」こそが街の核心
そして、 “意思を持ったお店が作られる街の空気感” という面でも、大規模な再開発の手が入っていない、スモールタウンならではの魅力があると吉田さんは続けます。
僕は自分が街を盛り上げるんだとか、この街をおしゃれにするぞ! みたいな大層な思いはないです。この店があることでお客さまに喜んでもらって、結果的に街がよくなればいいなと。
昔、同じ飲食業を営む大先輩から “意思を持った個人店が3つ集まれば街は完成する” と言われたことがあったんです。当時はそうなんだと思ったくらいでしたが、自分も店を作ると決めてから海外の国々を訪れるなかで実感したことで。
例えばベルリンでも、古着屋・レコード屋・コーヒーショップって、巡りたくなる3店がある街はカッコいいエリアでした。街にエネルギーがあるというか。日本でも、「幡ヶ谷」はまさにそうですよね。
だから僕たちと……あとふたつくらいそんなお店があったら、このエリアはさらに面白くなっていくんじゃないかなって。
さらに、吉田さんから「新丸子」の魅力的なスポットとして名前が挙がったのは、駅の反対側にある大衆食堂である「三ちゃん食堂」。
“安くて、品数が多くて、出すのが早くて、美味しい” がいい食堂の条件だとすれば、あそこが究極かなって(笑) 朝10時から飲んでるおじさんがいたりして、いつでも人が集まる場所になってるし、お店としてカッコいいですよね。街を象徴している気がします。
■豊かさを増幅させる甘み
最後に「BIG BABY ICECREAM」の豊富なラインナップのなかで、吉田さんのイチ押しフレーバーを聞いてみました(気になりますよね)。
ゴルゴンゾーラですかね。赤ワインと合うんです。ご近所の方で、このフレーバーを毎週月曜の8時半くらいにパイントで買って、月9ドラマを見ながら食べることをルーティンにしてくださっている方もいるんですよ。
な、なんですかその豊かさは! このお話を聞いた瞬間、「新丸子」で暮らしたい気持ちに火が付きました。
ちょっとひねりの効いたゴルゴンゾーラのフレーバーというあたりが、どことなく東横沿線らしさを感じさせてくれるエピソードではないでしょうか。
過剰にギラギラしたところがなく気張らない街の空気って、とっても居心地がいいもの。
その気になればあっという間に大規模商業施設の賑わいに手が届く距離でありながら、「新丸子」にいると「もうここから離れたくないや……」なんて、不思議なほど満ち足りた気分になるような。
それは、多摩川から吹く気持ちのいい風のせいかもしれません。そしてなにより、自然と笑顔になれる “街のアイスクリームダイナー” の存在が、その幸福感に一役買っているに違いないと思うのです。
取材:小杉 美香/撮影・編集:清水 駿