「こんな建具を使いたい!」Camp Designに相談

ところが購入直後、少々困った事態に。

仲介した不動産会社が「リノベーションされるんでしたら、コーディネーターを紹介します」と言ってきたのです。

カタログからパーツを選ぶような作り方は絶対に嫌だったし、自分たちと感性が合う人にお任せしたかったんです。

だからコーディネーターさんと顔合わせする日までに、こちら側も何としてもそういう人を探さなきゃ! って焦ってしまって。

今思い返せば、単純に不動産会社に断ればよかっただけなんですけど(笑)。(奥さま)

そんな中、ご主人がウェブサイトで見つけたのが建築家・藤田雄介さんの設計事務所、Camp Design。藤田さんが手掛けた、木製建具で空間をフレキシブルに間仕切る「日吉の住宅」を見た時にピンときたといいます。

藤田雄介さんが設計した「日吉の家」。シンプルながら端正な木製建具で空間を分ける設計です。

「そうそう、こういうことをやりたいんだ!」ってすぐに思いました。ちょっと懐かしい感じがするガラスの引き戸の雰囲気が好きなので、そういう建具を使いたい! と。(奥さま)

藤田さんに連絡したところ、即快諾。現場の下見に来てもらって予算を確認し、感性も一致したことから依頼を決めました。同世代で話しやすく、打ち合わせも楽しく進んだそう。

建築家の藤田雄介さんと、オーナー・平塚さんの奥さま。この日はおいしいお菓子の店について話が盛り上がりました。

もとの間取りは3LDKでしたが、「面積が小さいので、なるべく壁は減らしたい」と希望した平塚さん。

西向きで、壁で細かく仕切られていたから、家の中が暗くて嫌だったんです。

それに、子どもの成長につれて暮らし方がどう変わるかも分からない。

最初からきっちり決めず、変化に柔軟に対応できるプランにしたい、とお願いしました。(奥さま)

そこで間仕切り壁をすべて撤去してスケルトンにし、暮らしに必要なスペースを整理しながら、空間を再構築していきました。

柱と建具で空間を構成する

リノベーションの魅力のひとつが、建物の記憶を受け継いでいけること。

藤田さんが改修前のお部屋を見たときに印象的だったのが、柱と柱の間に建具や壁をはめる「柱間装置」でした。

柱と梁の間に壁や障子、襖がある。日本では見慣れた景色です。

これは木造建築が主流だった頃の名残で、現在では単なるインテリアとして形骸化している部分もあります。この団地もRC造なので室内の柱は構造に関係なく、撤去しても問題ありませんでした。

でも柱間装置は、日本人が落ち着きを感じるものだから今も残っているんだと思うんです。機能的に、開けたり閉めたりすれば空間を柔軟に使えるのも馴染み深い。

この部屋を編み直す上で、新しい方法を取り入れるのではなく、この住まいに昔から存在した「柱間装置」という形式を踏襲しようと考えました。(藤田さん)

建築家の藤田雄介さん。オリジナルの端正な木製建具は商品化されています。

そして完成したのが、キッチン、リビングダイニング、寝室と潔く三部屋に絞り、各部屋や土間との間をすべて引き戸で仕切るプラン。

縦方向の柱と横方向の梁というフレームの中に、可動の建具をはめて空間を自由に区切れる設計。欄間(梁と天井の間)はオープンにして抜け感を作りました。

団地ならではの「田の字プラン」の空気を受け継ぎ、開閉によってワンルームのようにつなげたり、個室として区切っても使えます。部屋数を減らしたので、それぞれの空間がゆったり広いのも魅力。

引き戸を開ければ開放的に、締めれば適度に区切られた印象に。奥はキッチンとリビング・ダイニング、手前は寝室。

部屋数は少ないですが、家族が一緒に過ごすリビングやダイニングさえしっかりあればいい。私自身、子どもの時はずっと家族とリビングで過ごして個室は眠るだけの場所だったので、そんなスタイルがいいな、と。

今はキッチンとリビング・ダイニングの間に建具を設けずに広く使っているので、いつも家族一緒の感覚です。普段は寝室も開け放して遊び場にして、夜子どもが寝たら閉めて、大人はダイニングでゆっくり過ごしたり。

欄間(建具と天井の間)が抜けているので音は聞こえるし、なんとなく家族の気配が伝わるのも好きですね。(奥さま)

リビングダイニングの南側には、奥さまたっての希望でサンルームをレイアウト。バルコニーが狭いため、ここに洗濯物を干したり日向ぼっこのスペースとして使っています。ガラス面が広い引き戸で仕切っているので、戸を閉めてもリビング・ダイニングから景色を楽しめます。

サンルームのガラスの建具を介して、桜の眺めを楽しめるリビング・ダイニング。冬はサンルームとの間の建具を閉めて過ごします。

好きな布でインテリアの一部に! 布を使ったオリジナル建具

次にご紹介する写真を見ると、ひとつ不思議に思うかもしれません。それは引き戸の白い素材。

これは障子? すりガラス? いいえ、そのどちらでもありません。実はこれ、綿100%の「布」を使っているのです。

ウォークインクローゼットとの間の建具には、奥さまが「大草原の小さな家」をイメージして縫った山並みのパッチワークがアートのように。

最初はすべてガラスの建具で考えたんですが、何となくこの家の雰囲気に合わないんじゃないかな、と思ったんです。

奥さまはテキスタイル関係の仕事をされていたので、「布を使った建具があってもいいんじゃないかな」と。お子さんがぶつかっても危なくないですしね。感覚としては、障子と襖の間のような存在の建具です。(藤田さん)

そして驚くべきは、布をはめる作業が誰でも簡単にできること。

要領は網戸と同じ。市販されている「網押さえゴム」と、建具枠に固定するための「ローラー」を使えば、ものの数分で張れてしまうので、奥さまもサッサッと手際よく作業。

枠より大きめの布をカットして乗せ、上から専用ローラーでひも状の「網押さえゴム」を溝に押し込んで、最後に余分な布をカットすれば完成! 道具類はホームセンターで購入できます。

布の素材は基本的に自由。季節ごとに素材を変えたり、アクセントに一枚だけ色を使っても楽しそう。平塚さんのお住まいでは、「コットンオックス」というシンプルな白いコットン生地をまとめ買いして使っています。

この生地は軽いし、程よく透過性があるので気配が伝わるのがいいところ。

娘が友達と一緒に遊んでつついたりすると、汚れたりたるんだりしちゃうんですけど(笑)、簡単に張り直せるのでお客さまが来る時には張り替えています。(奥さま)

建具枠は既製の障子や襖と同じ規格で製作しているため、必要に応じて別の建具に取り替えることも可能です。

ありそうでなかった藤田さんオリジナルのこの建具、「布框戸」としてR不動産toolboxでも注文できます(現在は入荷待ち)。

家具職人に製作を依頼している布框戸の端正な建具枠はスプルース材を使用。木製レールは床とフラットに製作しています。クローゼットのつまみも藤田さんのオリジナルで、R不動産toolboxで販売中

団地ならではのご近所付き合いも住まいの一部

壁や天井はもとの躯体を生かしつつ新しく塗装し、床は傷んでいた畳を撤去して明るい無垢ナラ材のフローリングに。トイレの壁のタイルもグレーに塗り、平塚さん希望の幅が広い洗面器に合わせてカウンターを造作しました。

洗面スペースの奥にトイレがワンルームで続く間取り。以前から使っていた柳宗理デザインのミラーに合わせてカウンターと棚を造作。

そして奥さまが一番好きな場所が、「すごく使いやすい!」というキッチン。

位置は変えずに設備をすべて一新し、天板は手入れしやすいステンレスをシンクと一体成型。見つけを薄く仕上げて下部をオープンにした家具のような佇まいです。食器棚と冷蔵庫はまとめて納め、リビングダイニングとの間に配置して視線を遮りながら、回遊動線を描きました。

ステンレスと木で造作した壁付けキッチンは、「器を見せたい」と下部をオープン収納に。カウンターの並びに洗濯機を置いているから家事も効率的

キッチンとリビングダイニングの間のコンパクトな飾り棚は、娘さんが好きなムーミンのマグカップが並ぶ可愛いコーナー。

そしてこの家に暮らし始めて、平塚さんご家族が実感したのが「団地ならではの豊かなご近所付き合い」なのだそうです。

団地ということもあって、ご近所さんは昔から住んでいるお年寄りの方が多いんです。娘は両隣の方にすごく可愛がってもらっているし、中庭の公園で遊んでいると、いろいろな方に声を掛けてもらいます。ご近所付き合いがとっても密で、都心に住んでいると思えないぐらい。とっても暮らしやすいですよ。(奥さま)

幼稚園に通う娘さんは元気いっぱい! 藤田さんのことが大好きです。

住まいの中だけでなく、周囲の自然や人とのつながり、そういったものすべてが「住み心地」を決めるのですね。

緑の中に佇む、やわらかな素材で編まれた住まい。引き戸を開けたり、閉めたりするたびに、鮮やかな暮らしのシーンが現れてくるのでした。

ーーーーー物件概要ーーーーー 

〈所在地〉東京都世田谷区
〈居住者構成〉ご夫婦、娘さん
〈面積〉約50.86㎡ 
〈築年〉築45年 
〈リノベーション/設計〉Camp Design inc.

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