気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の暮らしぶりを「街の先輩」に聞いてみました!「街の先輩に聞く!」、 第25弾は「赤坂」です。
昭和の時代まで、高級料亭が軒を連ねる「大人の社交場」だった赤坂。そんな敷居の高さも今は昔、現在はビジネスやエンタメ発信地として、さまざまなバックグラウンドの人が集まる街です。
そんな赤坂の変化を象徴する場所が、歴史ある料亭をリノベーションしたゲストハウス「Kaisu」。「かつて政治家や芸能人でにぎわっていたこの場所を、世界中の人がやってくる場所に」と開業した鈴木重任(しげただ)さんが、今の赤坂の魅力を教えてくれました。
■銀座とも六本木とも違う「本物の社交場」
赤坂通りから一本入った通りにある「Kaisu」のかつての姿は、料亭「島崎」。戦後の混乱の中で誕生し、最盛期は多くの著名人らに愛された店です。外観は一新していますが、飴色に変化した柱や梁、建具や照明は「島崎」から受け継いだもの。
古い引き戸を開けると、1階は開放的なラウンジスペース。カフェバーを兼ねているため、宿泊客だけでなく近隣で暮らす人や働く人の姿も見えます。窓の外に広がる和の庭が、料亭時代と現在をつないでいるかのよう。
2階は宿泊スペースで、6人、14人、女性専用の10人部屋のドミトリーの他に、2人用の個室も。ドミトリーはシンプルな木のベッドで1人分のスペースが通常より広く、カーテンで仕切ってプライバシーを確保できるつくりです。
■意外? 赤坂は「ゲストハウスにぴったりの街」
鈴木さんが友人の河津考樹さんと「Kaisu」を立ち上げたのは2015年のこと。2人はアメリカ留学時代のルームメイトで、帰国後も別の仕事につきながら時間を見つけてはサーフィンやバックパックの旅に出る仲間でした。
世界を旅する中で、大事な思い出の一部になったのがゲストハウスでの人々との交流。今から数年前、「自分たちで何か始めよう」と意気投合した2人がゲストハウス開業を選んだのも、自然な流れだったのかもしれません。
ゲストハウスはロケーションが肝心。当初は「自分たちがよく分かっている場所でゲストを案内したい」と目黒や品川、渋谷など、自分たちが普段遊んでいる街で物件を探したそう。
ところが物件探しは難航。希望エリアの物件の少なさや賃料の高さ、さらに渋谷は簡易宿泊施設を取り締まる条例が厳しいといった事情もあったそうです。
そんな折、不動産業界で働く河津さんの知人から「赤坂に変わった物件があるから見に来ない?」と声をかけられ、出会ったのが「島崎」でした。当初、赤坂というエリアは「ノーマークだった」と鈴木さん。
あまり縁がない街だったし、ビジネス街というイメージで家賃も高いだろう、と思っていました。
さらに、料亭としての営業を20年前に終えた建物は老朽化が進んでおり、「最初に見た時は、正直な所ここでの開業をイメージできなかった」と振り返ります。
それでもこの場所を選んだ決め手になったのが交通の利便性。赤坂駅を始め溜池山王駅、六本木一丁目駅、六本木駅、乃木坂駅、赤坂見附駅が利用できる赤坂は、実は観光に訪れたゲストにはぴったりのロケーションなのです。
改めて路線図を見ると、渋谷も表参道も電車で5分だし、新宿も銀座も浅草も10分以内。もちろん六本木にも歩いていける。都心のどこへ行くにも便利なんです。
それがきっかけになって、『この場所をうまくリノベーションできたら面白いかもしれない』という思いが、僕らの中で少しずつ生まれてきました。
■かつて政治家や芸能人でにぎわっていたこの場所を、世界中の人がやってくる場所に
この場所で新しい可能性にかけてみたい。そんな思いを伝えるため、「島崎」のオーナーに会いに行った鈴木さんと河津さん。現在50代のオーナーは「島崎」の奥で生まれ育ち、現在も赤坂に暮らす生粋の「赤坂人」。この建物、そして赤坂という街に強い思い入れを持っていました。
料亭を営業していた頃のお話、赤坂花柳界がにぎわってた当時のお話をいろいろお聞きしました。最盛期は連夜にぎやかで、道を歩けば芸者さんもたくさん見かけたそうです。
明治の頃から、軍人や政財界人の利用で発展した赤坂花柳界。
黒塀の街に黒塗りの外車が並び、隣の永田町や霞が関から訪れる政治家を和服の女将が迎える、そんな光景が毎夜のように繰り広げられていました。
ピーク時には60軒以上もの料亭がひしめいていたそうですが、バブル崩壊後は閉店が相次ぎ、現在『赤坂料亭組合』に登録されているのは5、6軒。時代に合わせて趣ある料亭の多くが貸しビルや駐車場に姿を変えたほか、レストランなど新業態に移行する店も多いといいます。
「島崎」も店を閉めてから場所を使わせてほしいという申し出がたくさんあったそうですが、ビルや駐車場など建物を壊す案が多く、オーナーはどうしても受け入れることができなかったそう。
オーナーは、『建物を残す人には貸すけれど、そうじゃなかったら貸す気はない』とおっしゃっていました。僕らの思いは、『かつては政治家や芸能人でにぎわっていたこの場所を、今度は世界中の人がやってくる場所にしたい』。それを伝えたら、オーナーは『面白いね』と喜んでくれたんです。
■器が広い街、赤坂の地元と交流できる場所
「Kaisu」の宿泊客はおよそ85%が外国人で、アメリカ・ヨーロッパ勢が多数。都内の主要スポットにアクセスしやすい立地が好評で、連日多くのゲストが訪れます。
「会す」という言葉から名付けた「Kaisu」のコンセプトは「出会う場所」。そこには、世界を旅してきた2人ならではの願いが込められています。
旅先で現地の人と交流した場所は、特に思い出深いんです。だから世界中の人はもちろん、地元の人も隔てなく来られて、出会える場所にしたいという思いがありました。
それにはゲストハウス機能だけにしてしまうとなかなか難しい。誰でも来られるスペースを作りたくて、1階をカフェバーにしたんです。
カフェバー「BAR&TABLE」では、ファーマーズマーケットで仕入れた食材を使った料理やスペシャリティーコーヒー、クラフトカクテルなど、朝から夜まで楽しめるメニューを提供。また、ギャラリースペースとしてさまざまなアートやクラフト作品の展示も行っています。
オープンして1年ぐらいから、だんだん地元のお客さんが増えてきましたね。こないだは町内会長の奥さんが氷川神社で太極拳の帰りに寄ってくれて、バックパッカーにおいしいお店の情報を教えてあげたりしていました。
みなさん、赤坂に「お客さん」が来てくださることが嬉しいんですね。僕らはまだ全然街のことを知らないけれど、地元の方は40年50年住んでいるからすごく詳しい。フレンドリーで、すごくいいなあと感じます。
■古き良き東京ゆえの「地元愛」
「赤坂の人は、僕らみたいなよく分かんないのが外から入ってきても、すごくウェルカムな雰囲気なんですよ」と鈴木さん。その根底には、地元の人の「赤坂愛」があると感じています。
赤坂で開業して実感しているのが、古き良き東京の『ちゃんとした感じ』、政治や皇室の『お膝元』感が、今も残っているということ。なんというか、品があるんですよね。ふっと細い路地に入っても、嫌な感じがしないというか。
そう思うに至った理由のひとつが、鈴木さん自身が町内会に参加し始めたこと。
江戸時代から「町火消し」が組織されていた東京は自治の意識が比較的強く、赤坂界隈でも町内会がしっかりと受け継がれています。氷川神社や日枝神社のお膝元という土地柄、祭りを媒介とする絆も強いのだそう。
メンバーは古くから赤坂に住んでいる方が多いですが、皆さんとてもオープンで変なしがらみもなく、やりやすいですね。土地柄、経済的・時間的にゆとりのある方も多くて、だからこそ「街を良くしていく」ということに思いが向きやすい土壌があるのかもしれない。
そういった古い方だけでなく、マンションに住んでいる最近の住人の方も参加していて、フラットな雰囲気です。
東京の真ん中にある赤坂で、しっかりと町内会が営まれているとは意外でした。一方で近所付き合いにありがちな「面倒臭さ」がないとは、良い意味で都会的、洗練を感じます。
さらにカフェバーを始めたことで、赤坂に対する印象も変わったと振り返る鈴木さん。
若いご夫婦や独身のサラリーマン、外国人など、住んでいる人が意外に幅広いんです。器が広い街なんだなと気付きました。ビジネス街だから、土日はカフェバーは休みにしようかと思っていたんですが、意外にも近所の方が来てくれて。この辺りは土日は静かなので、住みやすいと思います。
古き良き東京を知る懐の深さで、新しい人や物を受け入れていく。そんな余裕を感じる赤坂は、本当の意味での「大人の街」なのかもしれません。
<Kaisu>
戦後から高度経済成長期の赤坂花柳界に彩りを添えた料亭「島崎」の建物をリノベーションして生まれたゲストハウス。1階のカフェバーでは、オープンキッチンで作られるこだわりの料理やスペシャリティーコーヒー、夜はカクテルも楽しめます。
住所:港区赤坂6-13-5
カフェバー営業時間:10:00~23:00(22:30L.O.)
ウェブサイト:http://kaisu.jp/
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取材・文:石井妙子/撮影:cowcamo編集部/編集:THE EAST TIMES・cowcamo編集部