全国を旅する映画館」として、東京を拠点に全国各地のカフェ、雑貨屋、書店、パン屋、美術館などのさまざまな空間で、世界各国の映画を上映しているユニットをご存知ですか? 

場所や集まる客層に合わせて上映する作品を考えたり、イベントや映画祭をディレクションをしたりなど、自由な発想で映画の楽しさを伝えているのがシネクラブ「Kino Iglu(キノ・イグルー)」のおふたりです。

今回は代表の有坂塁さんに、その活動内容と作品選びやイベントを通じて感じた東京の街についてお話を伺いました。

代表の有坂塁さん。中学校時代からの同級生、渡辺順也さんと共に2003年、キノ・イグルーを設立。「キノ・イグルー」とはフィンランド語で「かまくら映画館」という意味。有坂さんの憧れの映画監督、アキ・カウリスマキさんに手紙を出して名付け親になってもらったそう(驚)!

フランスの映画文化、シネクラブに憧れていた

ー「全国を旅する映画館」として全国各地でさまざまな映画を上映されているとのことなんですが、「キノ・イグルー」を始められたきっかけはなんだったんですか?

キノ・イグルーの活動は2003年から始めました。そもそも最初は移動映画館としてスタートしたわけではなかったんですね。フランスシネクラブという映画の文化があるんですが、僕もシネクラブをつくってみたいと思ったのがきっかけです。シネクラブというのは、簡単に言うと自主上映会主催者が自分で立ち上げたクラブに名前をつけて、上映したい映画を自由に上映する。そして、それを見て面白いと思った人たちがそのクラブの会員になる。というものです。

ーへぇ〜なんだかオシャレですね!

シネクラブは1930年代以降、パリでものすごく盛り上がった文化で、ピーク時は市内に100個以上のクラブが存在したそうなんです。そういった文化に僕は憧れを強く持っていて、フリーターとしてビデオ屋さんでアルバイトをしていた時に周りの友達に「シネクラブをやりたいんだ!」ってずっと言っていたんですよ。そんな時、バイト仲間のひとりが東京の外れにある20席くらいの小さな映画館を譲り受けることになって。その友達が「オレ、映画を上映できる場所を持ったから、シネクラブやれば?」って声をかけてくれて、第1回目の上映会を開催することができました。

その時に1回で終わりというイメージは全然抱いていなくて、一度やったらその後はずっと楽しいことがずっと続いていくんだという自信みたいなものがありました。だから、最初にしっかりとクラブの名前を考えて、イメージ戦略みたいなこともやったんです。最初の頃は年に2回くらいのペースで開催していたんですが、見に来てくれるお客さんの中にカフェを経営している人がいたり、キュレーターとして活動されている方にいたりして、「ウチでもやりませんか?」というように声をかけていただくことが増えて。徐々に活動の場が広がって「全国を旅する映画館」というスタイルになった、という感じですね。

有坂塁さん(@kinoiglu)が投稿した写真 -

▲毎年夏に開催している、恵比寿ガーデンプレイス「Picnic Cinema!」の様子。

ーなるほど〜。「シネクラブをやりたい」という気持ちや有坂さんのアイデアが、多くの方に共感されて今につながっているのかと思うのですが、以前から映画関係のお仕事に就きたいと考えていらっしゃったんですか?

いえいえ。映画関係の仕事で食べていけたらこんな幸せなことはないとは思ってはいましたが、職業としてはまったく考えてなかったですね〜(笑)。キノ・イグルーを始めた時も、これをビジネスにしていこうなんてことは思ってなかったです。最初の頃は楽しいことをどれだけ積み重ねられるかってことしか考えていなかったですね。

ただ、キノ・イグルーを始めて2、3年が経った頃からだんだん声をかけてもらう機会が増えてきて、ビデオ屋のアルバイトをしながらだと回らなくなってきちゃったんですよ。「イベントを減らさないとバイトをしてる時間がない!」みたいな(笑)。でも、「キノ・イグルーの活動で月にこれくらいの収入が得られるんだったら、もしかしてバイトを辞められる・・・!?」ってことに気づいて、独立することになりました。

目指しているのは「いい時間だっだなぁ」と言ってもらえる空間

ーさまざまな場所でイベントを開催されていらっしゃいますが、映画をセレクトする上で、どのようなことを意識されているんですか?

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ウチのイベントって自分でプランニングして営業して・・・みたいな形じゃないんですよ。声をかけてもらって、その場でしか体験できないような映画の時間を依頼主と一緒につくるという方法でしか実はやったことがないんです。大変ありがたいことに100%、受け身なんですが(笑)、ひとつひとつのイベントをオーダーメイドで企画させていただいています。

とにかく楽しんでいれば楽しそうなところに人が集まってくるというのは確かなので、なんとなく映画を上映するのではなくて、場所性とか雰囲気を大事にするとか、スタッフ間のコミュニケーションを活発にするとか、そういったことを丁寧にやっています。イベントの場合はその熱量が会場に如実に表れるのでね。

▲依頼主の方と実際に打ち合わせをされている様子。

場所、人、映画の全部がつながってはじめて「いい時間」が味わえる

僕はその場にいる人たちに「いやぁ、いい時間だったなぁ」って言ってもらえるような空間をつくりたいんです。その「いい時間」というものを形づくるのは、場所でもあるし、関わる人でもあるし、映画でもある。場所、人、映画の全部がイコールでつながってはじめて「いい時間」が味わえると思うんですよ。だから、映画だけがひとり歩きするような形にはしたくないなと。

世の中には無数の映画があるのですが、その場所で何を見たいかを考えてみると数は自ずと絞られてきます。季節感だったり、シチュエーションだったり、その場所に合うことを重視して映画を選んでいますね。そこに自分の身を置かないと映画を選べないです。「どういう時間にしたいか」ということが大事なので、ハッピーエンドのものがいいのか、何かを考えさせるようなものがいいのかということなども、依頼主の方と相談しながらその気持ちに寄り添うようにして進めさせていただいています。

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▲横須賀美術館での上映会の様子。海を前にした上映会、とっても気持ち良さそう・・・!

10人〜数千人規模まで。すべての上映会に思い入れあり

ーこれまで手掛けてこられたイベントの中で特に印象に残っているものってありますか?

ひとつとして同じものはなくて、すべてにそれぞれ思い入れがあるので、「コレ!」というのは選べないですねぇ。半年くらい時間をかけてゆっくりつくっていくプロジェクトもあれば、「来週できませんか?」というような無茶な企画もありますが(笑)、どれも愛情を込めてプランニングしていますよ。

キノ・イグルーには特にルールっていうものは何もなくて、イベントの規模も、ハコのスペースも決まりはありません。10人しかお客さんが入れないような場所でも、逆にその空間だからこそ体験できる映画の時間もあると考えています。大きなイベントは大きいなりの良さがあるし、小さいイベントは親密感が増しますし、どっちもまた違った良さがありますね〜。

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▲猿島という無人島での「無人島シアター」。細長いレンガ造りのトンネルが映画館に早変わり。

▲直島「シマシネマ」の様子。雨天で室内での上映会になったとのことですが、築120年の素敵な古民家での開催。とっても素敵な雰囲気・・・!

同じ東京でも場所×人で、選ぶ作品や雰囲気はまったく異なる

ー都内ではどういった場所で上映されたことがあるんですか?

最近は特に野外で規模の大きなイベントが増えているんですけれど、7月に上野の「東京国立博物館」でやったイベントが規模的には一番大きかったかな。大なり小なりいろいろな場所でやっているんですが、目黒の「CLASKA」さんの屋上だったり、表参道の「スパイラル」さんだったり、はたまた東村山の酒蔵だったり・・・、本当にさまざまですね。

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▲7月15・16日に上野の「東京国立博物館」で開催された「博物館で野外シネマ」。作中に登場人物の勤務地として「東京国立博物館」が登場することから『時をかける少女』(2006年/日本)を上映。6500人ものお客さんが訪れて、各日大盛況だったという。

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▲CLASKA屋上での「ルーフトップシネマ」の様子。

お客さんの心の状態が開いている、浅草・西荻窪

ー都内でもありとあらゆる場所で上映会をされているとのことですが、街を意識してプランニングされることもあるのですか?

街というよりは、その場所を強く意識しますね。ただ、「地域の人たちに来てもらいたい」というオーダーがわりと多いので、そういう意味では街も意識しているのかもしれません。街によって見にいらっしゃる方の背景も変わってきますし、求めていらっしゃることも違ってきますから、価格帯とかは変えています。例えば、表参道には表参道のイメージというものがあるので、安すぎないほうがいいのかなと。1,500円で映画が見られてご飯も食べられるというのではなくて、3,500円くらいにしてしっかりとした食事をつけて充実した内容にしたほうがイベントに価値を感じてもらえるんじゃないかなと思っています。

ー開催してみて、街の個性を強く感じた場所ってありますか?

人との距離感は街によって違うと思いますね。例えば、浅草西荻窪で開催した時は、お客さんの心の状態が開いている感じがしました。お客さんが入ってきた時からめっちゃフレンドリーな雰囲気で(笑)。逆にちょっとオシャレな場所だったりすると、お客さんの心のスイッチも多少よそゆきモードになってますかねぇ。

有坂塁さん(@kinoiglu)が投稿した写真 -

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▲ルミネ荻窪の屋上で、「荻窪映画祭」を上映した時の様子。

もともとは、映画とは無縁なガチンコのサッカー少年だった

ー映画を相当数ご覧になっていないとできないお仕事だと思うんですが、小さい頃から映画が好きだったんですよね??

それが違うんですよ(笑)。映画に目覚めたのは実は19歳の時で、それまでに見たことがあった映画はたったの2本。『グーニーズ』と『E.T』だけっていうくらい、どちらかと言うと映画は嫌いでした。その2本を小さい時に映画館で見たっきりで…(笑)

ーえっ!19歳までまったく映画に縁のなかった有坂さんが、なぜ映画に目覚めたんですか?

ありがちな話なんですけど、当時付き合ってた彼女に「映画に行こうよ」って言われて無理やり見に行ったことがきっかけなんですよ〜(笑)。そこで見たのが『クール・ランニング』という映画。ジャマイカのボブスレーチームの実話を描いた陽気なコメディなんですが、その日の映画館で僕は笑って笑って、そして最後は涙して・・・。買って帰ったパンフレットを何度も何度も読み返して、それ以来、頭から映画のことが離れなくなり、次の日から映画館通いをするようになったんです。

▲『クール・ランニング』(1993年アメリカ)は、1988年カルガリー冬季オリンピックに参戦した男たちの実話を描いた作品。スポ根コメディだからこそ内容がわかりやすく、体育会系の有坂さんも感情移入しやすかったのかもしれない。

僕はずっとサッカーをやっていたんです。難しくて分厚い映画の本をランニングシューズとかを入れるスポーツバッグに一緒に入れて、サッカーの専門学校に通っていました。練習の休憩中も映画の本を読み漁るみたいな(笑)学生だったんです。それでもサッカーは本気で取り組んでいて、プロテストとかも受けたんですが、結局プロにはなれず・・・。指導者になるとかそういう道もあったものの、それは心がときめかなかった。それよりも映画で何かやってみたいなぁと考えた時のほうがわくわくしたっていうのを強く覚えています。それで、某ビデオレンタルショップでアルバイトを始めたんです。バイト仲間には映画に詳しい人がたくさんいたので、その時の出会いや経験があって、今の僕があるのかなと思います。

いつか、街歩きと映画を絡めた、東京の街全体を使ったイベントを

ーそんなキノ・イグルーさんですが、都内でイベントをやってみたい場所とかがあれば教えてください。

みんなが移動しながら東京という街を感じられるような、街歩きと映画を絡めたことをやってみたいですね。例えば、まず最初に東村山で映画を見てもらって、次に上野に移動してもらうみたいな。電車に乗って移動している間も、イベントのひとつに組み込んでしまえば、見慣れた風景も時間の流れ方も違って感じられると思うんですよ。それくらい無茶な規模のことを東京でやれたら、わくわくするんじゃないかなって。東京という街にはありとあらゆるものがある。だからこそ、映画全体の世界観を街を使って体験してもらえることがあるような気がするんです。

ーそれは面白そうですねぇ! ぜひ企画してください。今後はどのような活動のご予定がありますか?

10月14日・15日は、「君の名は。」で話題! 新海誠監督作品「秒速5センチメートル」を東京国立博物館で上映

10月は9日が自由が丘の「イエナ」14・15日は上野の「東京国立博物館」で野外上映会をやります。16日も東京タワーが見える芝公園で野外上映会を予定しています。これは東京国際映画祭からの依頼で、「東京」がキーワードになったイベントです。細かい仕掛けは今いろいろと考えているのですが、盛りだくさんの内容になると思うのでよかったら遊びにきてください。

▲前回、6,500人もの観客を集めた東京国立博物館での上映会。「秒速5センチメートル」の上映となれば、今回もきっと大人気上映会となること間違いなし。詳細はこちらから→「博物館で野外シネマ」

▲東京国際映画祭の企画で、東京タワーをバックに映画上映! 詳細はこちらから→「TOWER LIGHT CINEMA」。

自分にあった映画を5本を選んでもらえる、個人面談も

ー「あなたのために映画を選びます」という個別面談もされているそうですね?

そうなんです。代々木上原にあるギャラリーで月1回のペースでやらせてもらっています。おひとりさま1時間の1対1の個人面談です(笑)。僕のほうからいろいろと質問をさせてもらって、その人にあった5本の映画を選ばせていただくというものです。何を見たらいいかわからない好みの幅を広げたいという方に、ぜひ参加してみてほしいですね。詳細はホームページやインスタグラムなどで掲載しているので、チェックしていただけたらと。

有坂塁さん(@kinoiglu)が投稿した写真 -

有坂さんが普段持ち歩いているイタリア製のノート。出会った人に好きな映画をひとり1ページ書いてもらっているそうで、その数は20年で約1800人、ノートは8冊に及ぶとか。これが有坂さんの知識や作品をセレクトする上での原点になっている。

ー季節は芸術の秋! 映画を通じていろいろな東京の街を感じてみるのも、面白いかもしれませんね。有坂さん、貴重なお話をありがとうございました!