中古マンションを購入し、楽しくリノベ暮らしをしているお宅へ訪問インタビューさせていただく「リノベ暮らしの先輩に聞く!」。

今回は、住む・働く・集うの “全部入り” をテーマに、さまざまな居場所をつくったお住まいを訪ねました。


ここでご紹介するのは、横浜市「菊名」に建つ築31年を迎えるとあるマンションの一室。自然素材の質感あふれる、ホテルラウンジのようなリビングが目を引く空間だ。

住まい手は「つながりを創出し、しあわせの総量を増やす」のミッションのもと、地方創生事業(まちづくり)や不動産価値向上事業(場づくり)、コミュニティビルディングを手がける会社「ファイアープレイス」CEOの渡邉 知(わたなべ さとる)さん、奥さまの由美子(ゆみこ)さん。

由美子さんは、医薬品メーカーに勤めながら水墨画師範としても活躍されているそう

■ライフスタイル再考。住む、働く、集う

東京五輪2020開催時期に合わせて、マンションを買い換えたおふたり。コロナ禍によってステイホームが増えた今、これからのライフスタイルに合わせてどのような自宅が必要になるのか膝を突き合わせて話し合ったそうだ。

知さん:一言で言えば、仕事もプライベートも “全部入り” の家が欲しいなと。ゆっくり寝たいし、仕事もしたい。しっぽり飲みたいし、ホームパーティもしたい。僕も妻も自宅にいる機会が増えたので、一箇所で全てを叶えられる広い家に住みたいねという話になりました。

家探しを始めてみると、それが実現できる物件はなかなか見つからず、自分が一から家をつくったらどんなものができるか、フルリノベーションにすごく興味が湧いてきたんです。

日吉や東戸塚、日本橋が生活圏だった渡邉夫妻。『街選びは駅に降りた瞬間に住んでいるイメージがつくかどうかが大事』と語るおふたり。馴染みのある東京-横浜間のエリア「菊名」で広さ約150㎡の物件(48㎡の専用庭付き)を見つけ出した

■井波で感じたあの空間で

今回リノベーション設計を手掛けたのは、富山県南砺市井波(なんとし いなみ)を拠点に活動する、コラレアルチザンジャパンの建築家、山川智嗣(ともつぐ)さん・さつきさんだ。

「職人に弟子入りできる宿」をコンセプトとしたBed and Craftをプロデュース・設計するなど、宿泊・商業施設を得意とするおふたり。今回のような住宅の設計依頼は珍しいものだったそう。

渡邉夫妻は、なぜ菊名から遠く離れた地である井波の建築家を選んだのだろうか。

左から山川智嗣さん・さつきさん。中国での設計経験が豊富で、オリエンタルな雰囲気を醸し出すデザインが特色のひとつだ

由美子さん:井波に旅行にいったことがきっかけなんですよ。知さんと山川さんが元々知り合いで。

知さん:そうそう、山川ご夫妻とはまちづくりが共通項になって仕事で知り合ったんです。彼らが手掛けたBed and Craftに泊まって一緒に飲んだんですが、その時の経験が本当に充実していて。空間や調度品の雰囲気がすごくよかったよって妻に伝えたら、その後一緒に旅行へ行くことになりました。

そのときに『この石の使い方がいいよね』『ここに木彫りがあるの最高だよね』『この手触り感どうやって出すんだろう?』とか二人でいろいろな話をしたんです。

それがいわば原体験になって、山川さんたちが造る空間が自宅になったら夢のようだねとダメ元で依頼してみたんです。

リビングからキッチンを見る*(以下、*印はコラレアルチザンジャパン提供写真)

山川智嗣さん:僕らは商業建築とかホテルとか非日常感を演出するような仕事が多いので、住宅を頼んでくるなんてだいぶ奇特な人だなと思いましたよ(笑)

でも、自分たちが造った空間を体験して頼んでくれたことがすごく嬉しくて。『とりあえず3回飲んでから決めましょう』という話をしたんですよね。

キッチンからリビングを見る*

山川智嗣さん:飲んでみて印象的だったのは、知さんが『自分の家のホームページを作りたい』と言っていたことなんです。『ホームパーティをするならGoogleマップじゃなくて、そのページのURLを送って招待したい』みたいな(笑)。プライベートスペースをそこまで公共にさらけ出せる人ってなかなかいないですよね。

でも、そんな公私の境界が曖昧な知さんの人柄を、そのまま落とし込んだ空間をつくれたら面白いだろうなと感じて設計をお引き受けしました。

知さん:ホームページをつくりたいって話は、この家は僕と妻だけの場所ではなくて、人が集う場を目指したいと思ってのことで。

会社でバーやバーベキュー場なんかを経営していて、隣の人と何気ないコミュニケーションを取れるような場を都市圏につくっていきたい想いがあるんです。

その延長で、 “居心地がよくて、安心安全に溶け込む、混じり合う” 場所を自宅としてつくってみることが、僕にとっては大事なことなんじゃないかと感じたんです。

コロナ禍の影響もあり、その後のやりとりはほとんどオンラインベースになったが、はじめに腹を割って話したおかげで設計はスムーズに進んだそう。

『これは知さん好きだよね』『これは由美子さんっぽい』という共通認識が、最初の段階から山川さんたちの中で完全にできあがっていたのだとか。

■混沌としたアナーキー

渡邉夫妻の要望である “全部入りの家” に対して、導き出したコンセプトは、“アナーキー(無秩序)” 。LDKとライブラリ、テラス。それぞれの境界をあえて曖昧につくり、空間がグラデーショナルに切り替わる住まいを生み出した。

山川智嗣さん:この家は部屋同士がすこしづつ介入して混じり合うイメージでデザインしています。そのモチーフになったのは、かつて香港に存在した九龍城(くーろんじょう)です。

あの場所って、高密度高層の住宅がひしめき合った空間で、通路やルーフトップ等の公共空間が食事や生活の場になっていたんです。そんなすべてが混じり合った “アナーキー” な状態がすごく人間臭くて、知さんに通じるものがあるなと。

上・リビング。右奥はライブラリー兼ゲストルーム/下・リビングのディテール。壁面はヘイムスという自然素材を用いた特殊塗料で、小手の跡が残るように塗装されている*

リビングとライブラリーの境目に注目すると、部材にアールがついていたり、継ぎ目がずれていたりと、部屋同士の境界面を曖昧にする工夫が見て取れる。

山川智嗣さん:ダイニングにいたはずなのにリビングに入ってる。リビングのつもりがライブラリーにいる。そんなふうに無意識のうちに自分が心地よいと思う場所に足を運んでいるような空間を造りたいと考えたんです。

リビングからテラスを見通す

また、各エリアは天井高や視線の広がり方が少しずつ異なり、住まい手のその時々の目的や心理状態に合わせた多様な場となっている。

リビングとテラスには同じ素材で作られたテーブルを置くことで連続感を生み、横の広がりを感じる開放的な空間とした。

テラスには造作のベンチやテーブルが

開放的なリビングとは対照的に、ライブラリーは天井高を抑え、ダークトーンで内装を設えることでお篭もり感を演出。

ライブラリー兼ゲストルーム。右側の収納にはスーツケースやキャンプ用品など大型の荷物が納められている。普段はリビングとひとつづきの空間だが、来客時はカーテンを閉めればゲストルームとして活用できる*

奥行き感のあるダイニング。『庭を感じたり本棚と向き合ったり、座る場所によって気分が変わるんです』と語る知さん*

知さん:住んでみてわかったのは、選択肢のある家は豊かだってことですね。場所ごとに縦と横の広がりが違って、空間の印象がガラッと変わるので、その時の時間帯や天気、気分に合った場所を選んで過ごせるんです。

書斎だけが働く場じゃなくて、ある時はライブラリー、またある時はキッチンのカウンターで仕事をしてもいい。食事だって同じように、今日はどこで食べようかって会話が毎日生まれるんです。

これって、これからの時代の働き方、住まい方につながるんじゃないかと思っています。

■プライベートとパブリック

知さんの仕事仲間や、由美子さんの水墨画のお弟子さん、何かと来客の多い渡邉邸。LDKはそういった方々へ開かれたパブリックな場としての側面が強い。その一方で完全に閉じられた、プライベートな空間も必要だった。

知さん:人疲れしない質の僕ですが、もちろん鍵をかけて篭りたい時はあります(笑)。寝室と水回り、それからワークスペースの一部はプライベートなゾーンとして完結するように造ってもらいました。

寝室。ベッドスペースもライブラリーと同様、天井高を抑えた包まれるような空間だ*

バスルームは、室内窓付きのホテルライクな造り*

そして、プライベートとパブリックが混じり合う汽水域にあたるのがこのワークスペースだ。普段は水墨画のアトリエとしても使用するパブリックな場であるが、棚に格納された引き戸を展開すれば、半分をプライベートな場として閉じることができる。

ワークスペース。壁面収納には、部屋を仕切る引き戸や由美子さんの画材道具が納められている*

加えて壁面には寝室へ続く隠し扉が。ワークスペースを分割した際は、プライベートゾーンのみで動線を完結させられるプランなのだ。

■物語を感じる住まい

この住まいを語る上で欠かせないのが、背景にストーリーを感じさせるインテリアたちだ。棚やローテーブル、彫刻にいたるまで、手触り感のある自然素材を用いた一点ものとして造作されている。

山川さつきさん:内装や家具には、大量生産品であったり、出どころのわからない “住所のないもの” は極力使わないようにしています。

家にあるものは、そこに住まう知さんたちが『何々さんに作ってもらって、これこれこうでね』とストーリーを伝えられることが大事だと思っているんです。たとえば玄関の彫刻は井波の木彫刻家に制作から設置までお願いしているんですよ。

玄関の扉を開けてまず目に入るのは、木彫刻家・前川大地さんの作品。知さんの経営する会社「ファイアープレイス」にちなんで炎を象った。ここを訪れた人々の心に灯る火が、渡邉夫妻と時間を共有することでさらに燃え上がっていくようにと、扉の内外には大小の火の彫刻を取り付けている*

知さん:こんなふうに愛着だったり、つくり手に対してリスペクトを持てるものって、一生付き合っていきたいし、もし手放すとなっても大事にしてくれる人にバトンパスしてずっと残したくなりますよね。

リビングから玄関方向を見る。玄関周りは防火壁になっており取り壊せなかったため、あえて扉は交換せずそのままにしたそう* 

「残す」といえば、玄関からリビングへ続く扉はリノベーション前から残るオリジナルのものだ。そのデザインのエッセンスを空間に取り入れたことで、まるで新設した扉かのように場に馴染んでいる。

山川さつきさん:このマンションは本当に安全で丁寧な造りになっていて、すごくいい建物なんですよ。躯体の状態も綺麗でしたし、玄関周りの防火壁は今の法律だったら必要ないくらい安全を見て造られてるんです。

そんな良質なヴィンテージマンションが持つ歴史の痕跡として、この扉をそのまま残したいと思いました。

知さん:フルリノベーションと言っても全てを真っさらにして造るのではなく、こうして以前の暮らしの風景を残すことで、この家が育んできたストーリーを感じられるのが面白いですよね。

実は、この家を譲ってくれたご家族の娘さんが今度ここに遊びに来てくれるんです。大人になるまで住んだ思い出の家がどう変わったか見てみたいと言ってくださって。扉を見てなんとなく当時の面影を感じてもらえたら嬉しいですね。

手前の金のポールは、既存の内装を剥がした際に出てきた電話線が通っている。壁沿いに這わせて隠すのではなく、空間のアクセントとなるようにデザインした*

長年愛着を持って住まわれてきた家が、住まい手が変わってもまた大切にされていく。リビングの扉はまさにそうした住み継ぎの物語の象徴だ。

そして、このリノベーションによって生まれたものたちは、それぞれ背景を持った重厚なものだからこそ、長い年月とともに深みを増していく。この住まいは、きっと渡邉夫妻の色を帯びながら更なる物語を紡いでいくのだろう。

お酒が並ぶ、造り付けのショーケース。『この家がどんどん知さんたちらしくなってきた(笑)』と山川さん

―――――物件概要―――――
〈所在地〉菊名
〈居住者構成〉2人家族
〈間取り〉3LDK+WIC
〈面積〉約150㎡+専用庭48㎡
〈築年〉築31年(取材時)
――――――設計――――――
〈会社名〉山川智嗣+山川さつき/コラレアルチザンジャパン
〈WEBサイト〉https://corare.net/