気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第76弾は「外苑前」です。


■外苑前って、どんな街?

今回の舞台は「外苑前」。駆け抜けるテールランプが光の川を作る、夜の時間帯に降り立ちました。

駅から地上に出ると、車が多く行き交う青山通りが。通り沿いを南下すればお隣の「表参道」駅、北上すれば「青山一丁目」駅です。ファッション、インテリア、カフェ…… 青山通り沿いには洗練されたお店が建ち並びます。

上・駅から出ると、目の前に青山通りが。まばゆい光を放つ商業ビルが建ち並んでいる。/左下・お隣の「表参道」駅前と比べて、少しお仕事風の人が多いよう。東京メトロの乗降客数ランキング(2019年度)は「表参道」は14位だが、ここ「外苑前」は54位とやや控えめなランクイン。/右下・とにかくタクシーがたくさん走っているのも印象的

「外苑前」とは東京メトロ銀座線の駅名のことで、一般的に住所で言う「港区青山」から「渋谷区神宮前」の範囲が、ふんわりと外苑前エリアと呼ばれています。

そもそも “外苑” とは、明治神宮外苑のこと。改めて思うと、明治神宮には内苑(神社)と外苑(記念公園)があるんですよね。

渋谷区神宮前と港区青山の位置関係。ちなみに青山通りのすぐ北側は港区北青山という住所になっている(地図:© OpenStreetMap contributors

そして、外苑前エリアを語る上で外せないのが 、“キラー通り”。ファッションやデザイン関係の建物が多く、ハイセンスなお店が建ち並ぶ、このエリアを代表する通りです。

キラー通りの正式名称は、外苑西通り。その一部は港区青山アドレスと渋谷区神宮前アドレスの境目になっている

“キラー通り” の名付け親(※)は、ファッションデザイナーのコシノジュンコ氏とも言われています。ちなみに、サザンオールスターズのアルバム名「キラーストリート」も、この通り沿いに音楽スタジオがあることから付けられたそう。なんとも華やか!

※「青山霊園が近いから」「殺人的な渋滞だったから」「ピンキーとキラーズが流行っていたから」……など、由来には諸説あり

■優しいあかりが灯るカフェへ

さて、今回ご登場いただく街の先輩は、この街で二代にわたって「カフェ香咲(かさ)」を営んでいらっしゃる岩根さん母娘です。キラー通りから1本路地に入った先にあるお店を訪ねました。

「カフェ香咲」は1984年創業、取材時点で36年の歴史を持つ老舗

左上・とっても人懐っこい、看板犬の「まめちゃん」にいきなり悩殺される取材陣。お店にはカウンター席・テーブル席、そしてテラス席が。/右上・「香咲(かさ)」というネーミングには、スペイン語の「casa(家)」や、「傘」という二重三重の意味が込められているんだとか。/左下・お店を描いたイラスト。各所にこうしたイラストが置かれており、アートを感じる。/右下・特徴的なアンティークのランプが店の入り口に

先代であるお母様の志津子さんと、現オーナーの娘の愛さんにお話をうかがいます(この記事ではお母様のことを、親しみを込めてマダムと呼ばせてください)!

■お店の歴史は、一杯の美味しいコーヒーとともに

マダム:ここの通りはね、街の人が入ってこないところだったんです。食べ物屋さんも何も無かったし、目の前は枯れ草がいっぱい生えてるような空き地になってて。その隣は自動車の修理工場で、年中ガーガーガタガタやってたんですよ。

「カフェ香咲」がオープンする前、ここは店舗が何回も新しくできてはつぶれて、なかなか商売が根付かない場所だと言われていたそう。

『人からは、なんでこんな場所でやるんですかって…… 言いたいこと言われましたね(笑)』と、その頃を振り返るマダムの目はとても楽しそうです。

マダム:そういう場所ですけれど、でも、だんだんここはよくなるっていう予感がしていたんです。コーヒーが美味しく淹れられれば、他では出せない味のものを自分が作ることができれば、お客さまは来ると。

ですから…… ひとりずつでもお客さまが多く来るようになればいい、って。

はじめのうち、マダムはコーヒーに特別詳しいわけではなかったそう。けれど本気でコーヒーに向き合うという覚悟(ご本人いわく、しつこさ)が、まわりを動かします。

創業当初から変わらない「香咲ブレンド」は、エイジングコーヒーと言われる熟成豆を使った深みある味わい

こだわりを持った豆の仕入れ先、抽出方法を伝授してくれた博多の老舗店…… コーヒーを愛する先輩たちに助けられながら、「カフェ香咲」はストイックに美味しい一杯を追求し続けました。

そうやって、ひとりまたひとりと、常連さんと言えるようなお客さんを獲得してきた「カフェ香咲」。やがて、お店はこの辺りでも存在感を放つようになっていきます。

■サロン文化が花開いた、1980年代の外苑前

「カフェ香咲」がオープンした1984年といえば…… 日本のファッションシーンはいわゆる “DCブランドブーム” に突入した頃!

量産品とは一線を画したデザイナーズブランドの服が大流行し、人々がこぞってファッションでの自己表現を追求した、バブル期の一大ムーブメントです。

高校生のときからお店を手伝っていたという現オーナーの愛さんに、その頃のお話を聞いてみました。

愛さん:青山通りやキラー通り沿いにはアパレルブランドのメーカーがいっぱいあって。やっぱりここのお客さんも、デザイナーさんや音楽業界・芸能関係の方が多かったです。

おしゃれな方々がコーヒーとタバコを嗜む、一種のサロンみたいな。それがステイタスのようになっていた気がしますね。私は当時まだ小学生でしたけど、芸能人の方とか、ちょび髭はやしてタバコ吸ってる、いかにも業界人って感じの方が街のあちこちにいらっしゃっていたのを覚えてますね。

マダム:壁がね、これ、タバコの煙で茶色くなってるんです。漆喰ですからね、初めは真っ白だったんです。

これには取材陣一同びっくり! 煙越しにあちこちでクリエイティブな談義が行われていた、その頃の姿が目に浮かびます。薄いカラメル色に染まった壁は、お店の歩んできた歴史を物語っているんですね。

南仏を思わせる漆喰の壁には、スペインの陶器がずらり

愛さん:90年代前半くらいまでは、空気感が今と違ったんじゃないかな…… 通りにポルシェとかコルベットとか、バブルだな〜って感じの派手な車が停まっていて(笑)

今も比較的お金持ちの多いエリアではあるんですけど、ベンツとかBMWとか、ちょっと落ち着いてきた感じがありますね。

ちなみに、お店の人気メニューと言えば『コーヒー、と言いたいところですが…… ダントツでホットケーキ』なのだそうです。

テレビで人気MCが『ここのホットケーキが一番好き』と絶賛したことで、オンエアされてからしばらくはキラー通りの向こうまで行列ができる大フィーバーだったのだとか! 

ホットケーキは生地の美味しさを活かすため、シンプルにバターと生クリームだけを添えて提供するのが香咲流です。メニューのイラストも可愛い!

■神宮前2〜3丁目は “田舎”?

ところで、「カフェ香咲」のアドレスは神宮前3丁目。愛さんにお話をうかがう中で取材陣が軽くどよめいたのが、ふと飛び出した “神宮前2〜3丁目は田舎” 説です!

いやいや、どう考えてもオシャレタウンに思えてしまうのですが…… そこには、このエリアで生まれ育った地元民ならではの肌感覚があるようです。

確かに、神宮前2丁目や3丁目は賑わいの中心地から「明治神宮外苑」に近くなっていき、閑静な住宅街が広がるエリア。なるほど、商業地から離れるという意味では田舎、とも言える? (地図:© OpenStreetMap contributors

愛さん:昔から表通りはトレンドの先端を行っている感じでしたけど、こういう一本裏の道になると…… お米屋さんがあったり薬屋さんがあったり、本当にローカルな商店街で。神宮前の3丁目から2丁目の方って、ちょっと雰囲気が下町っぽくなるんですよ。

高校の時とか、4丁目や5丁目に住んでる子に『2丁目のほうは田舎』って言われてたくらいですから(笑)

しかしカウカモ的にここで力説したいのは、この周辺には素敵なヴィンテージマンションが多いという点なのです!

神宮前2丁目にある「秀和外苑レジデンス」は海外のアパートメントを思わせる外観。街のゆったりとした表情づくりにひと役買っている

ヴィンテージマンション界のレジェンド的存在「ビラ・シリーズ」も神宮前2丁目に! この「ビラ・セレーナ」をはじめ、周辺にほかにも3棟のビラ・シリーズが存在。アートな佇まいはため息モノ

この神宮前2丁目〜3丁目の住宅街は、カルチャーやデザインの最先端を行くセンスと、暮らしに適した穏やかさがほどよく溶け合った場所と言えるのかもしれませんね。

■感度の高い人が集まり、安らげるのが魅力

続いて、おふたりに「外苑前」の街の魅力について教えていただくことに。真っ先に挙げられたのは利便性ではなく、もっと感覚的なポイントでした。

愛さん:この街の人は、ファッションに限らず、カルチャー全体に対してアンテナのレベル(感度)が高いんです。みなさんおしゃれな方が多くて、礼儀も正しい。営業している中で、やっぱりここでよかったなって思うことはありますね。治安もいいですよ!

さらに、交通アクセスのよさも見逃せないポイント。「外苑前」駅に乗り入れる電車は銀座線の1路線のみですが、自転車があれば「渋谷」も「新宿」も「六本木」も行動圏内◎

移動時間などの面で、多くのメリットを感じているとも語ってくださいました。

愛さん:それでいて、ちょうどこの外苑のあたりって人が多すぎないんですよね。青山墓地と外苑があって、新宿御苑があって、明治神宮も……。緑に囲まれているせいか、ちょっとまわりの盛り場からは隔たれている印象があります。

左上・キラー通り沿いに構える「ワタリウム美術館」は、エリアを代表する現代アートの殿堂。1階のショップを覗くのも楽しいですよ。/右上・建築家・隈研吾氏による新しい街のシンボル「新国立競技場」。/左下・「神宮外苑銀杏並木」は都内有数の紅葉の鑑賞スポット。葉が色づいた秋の姿は、圧巻の美しさです。/右下・約26万㎡の広さを誇る「青山霊園」。桜や紅葉を愛でる散歩道としても人気があります。ペットを連れて歩くご近所の方もちらほら

緑の多さゆえ、このあたりは “東京のほかのエリアより数%、酸素濃度が高い” なんて言われているのだそう! なんだか納得です。

愛さん:住んでいて唯一の不満は…… スーパーの食料品が高いことね(笑)。そこだけなんとかなってくれたら、もう本当に文句ないかなって思います。

■時代を超えて、人々を楽しませるデザイン

さてさて…… ここまでお店の歩みと、外苑前という街の魅力について教えていただきました。それでは、お店と街の空気感をつなぐキーである “デザイン” についてのお話で、締め括りへと向かっていきましょう。

もともと「カフェ香咲」の内装は、喫茶店建築で有名な建築デザイナー・松樹新平氏にトータルプロデュースしてもらったものだそう。そして創業から36年が経ち、現在のお店の姿はさらに彩り豊かに。

古くなった部分を修理し、内装を納得いくようにバージョンアップすることができたのは、愛さんの旦那様であるジョナサンさんの力がとても大きいと言います。

愛さん、まめちゃんを抱くジョナサンさん、マダム。犬を連れた近所の方が通ると、気さくに交流をされていた

ジョナサンさんは、デコラティブペインターとして活躍されている壁画・室内装飾のプロ。お店の2階にアトリエを構えています。

テラス席の増設、メニューのイラストetc……『とにかく何でもできる』という頼もしい存在なのだそうです。

左・お店の歴史の中で、提供する料理メニューもだいぶ豊富になってきたそう。これらのイラストもすべてジョナサン画伯によるもの。/右上・手描きの壁画で囲まれたお手洗いには感動!メキシコ生まれのカラフルな手洗いボウルも可愛いので必見。/右下・カウンターの上には、旅好きの岩根さんがリトアニアで集めたというミニチュアハウスが。

そんな “素敵なもの” へのこだわりに溢れた「カフェ香咲」ですが、2020年4月に新型コロナウイルス感染症拡大の緊急事態宣言が出た際には、オープン以来初めての長期休業を余儀なくされたそうです。

それでも混乱や不安のなかで営業再開に向けて踏み出すとき、そこにはやっぱりデザイン性を手放さない、こだわりまっすぐな姿勢がありました。

愛さん:営業できない間は彼(ジョナサン)がフル稼働で働いてくれて。テラス席を作ったり、ペンキを塗り直したり、カウンターの仕切りも作ってくれたんですよね。

仕切りはビニールカーテンやアクリル板を使うんじゃなくて、型ガラスを使っていちから造りました。デザインに拘るのは、私たちのプライドですから

一枚板のカウンターは一般的なものより奥行きが深く、現在では入手困難な逸品だそう。お店のこの世界観と安心感を両立させるよう、型ガラスで雰囲気のある仕切りを手作り。1席ごとにランプも取り付けられた

愛さん:お店に来てアートを感じられるって、楽しいと思うんですよ。実際に創ってる人が店員さんとしてそこにいたりして。

飲食店だから美味しいのは大前提として…… それだけじゃなく、"ある種のエンタメ" として、ほかのお店にできないことを表現できたらなって。

■「外苑前」で、右脳に深呼吸

愛さんが語ってくださった “ある種のエンタメ” とは、洗練されたカルチャーや、おしゃれな時間を提供することと言い換えられると思います。

それは昔からクリエイターや文化人たちが紡いできた街の歴史を踏まえた上での自負であり、誇りなのだと感じました。

「外苑前」はおしゃれな人が多い街。けれどはしゃいだ空気感ではなく、ここで何気なく生活している人ひとりひとりの “素敵なもの” へのアンテナが高いような気がします。

この街の酸素濃度がちょっと高いのは、周囲の緑の多さだけでなく、深く伸びたカルチャーの根っこのせいなのかもしれませんね。


【INFOMATION】
香咲
アクセス:東京都渋谷区神宮前3-41-1(google map
TEL:03-3478-4281
営業時間:[火〜金]11:30〜20:00、[土日祝]11:30〜17:30

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