■ “谷根千” と “そのご近所” ?

ところでサイトをよく見ると、「まちまち眼鏡店」は「谷根千ご近所のローカルメディア」と銘打たれており、“谷根千” ではなく “谷根千ご近所” という言葉が注意深く選ばれているのがわかります。実はここは、最後の最後まで悩んだ部分なのだとか。

坪井さん: “谷根千” って括りでフィーチャーされがちですけど、西日暮里だって、上野桜木だって、本当にすぐそこなんですよ。全部が主役だって思うから名前を出したいけど、認知度を考えたら “谷根千” の言葉はあったほうがいいし。いやー、めちゃめちゃこの議論しましたよね。

柳さん:「谷根千あたり」? とか。もう単純に全部羅列して「谷中・根津・千駄木・日暮里・上野桜木・池之端・道灌山ローカルメディア」……みたいな案も、結構ギリギリまでありましたね(笑)。

『実感としての生活圏でいうと、西日暮里、日暮里、上野桜木、池之端、道灌山もかな? 自転車だったら全部ピューッと行けちゃうんですよ!』と、地図を指しながらうれしそうなおふたりの様子に、地域への愛を感じます。

ここは狭いエリアにたくさんの地名があって、いろんな町がギュッと凝縮されているような場所なんです、と語るおふたり。実際のところ、一括りにされがちな谷中、根津、千駄木の街でさえ、歴史的にはそれぞれ寺町、門前町、下級武士の武家町にあたり、キャラクターは決してベタ一色塗りと言うわけではありません。

台東区谷中から文京区根津に降りていく、言問通りの善光寺坂。

坪井さん:どこも歩いて行ける距離なので、みんな一緒に暮らしてるよねって感覚はありつつ……一方で、自分のいる場所に対しては苗字くらいの帰属意識があって。

『根津のお蕎麦屋さん』とか、『いけよん(池之端4丁目)の誰々さんの息子さん』とか、住んでる町や町会の名前で呼び合う習慣が根付いています。誰かに習ったわけでもないんですけど、お祭りとかがあるからですかね?

たくさん発行されている「街歩きマップ」も、どこまでの範囲を描くかはコンセプト次第で本当にバラバラ。

ふむふむ。やっぱりあくまで “谷根千” というのは便宜的なパッケージングであって、暮らしの感覚と完全に重なるものではないようです。ギュッと凝縮されたそれぞれの街の個性を大切にしようという思いが、「谷根千ご近所ローカルメディア」の “ご近所” の部分に表れているんですね。

■大通り沿いに見る街の変化

店長の坪井さんは、谷中で三代続く工務店の娘として生まれた、チャキチャキの谷中っ子。同じ「下町」というキーワードで語られることの多い「浅草」とは、やっぱり決定的に雰囲気が違うように思う、とも語ってくれました。

坪井さん:浅草は雷門とか大きなモノがあって、道の広さが全然違う。単純ですけど、そこの違いは大きいです。こっちはみんなが路地を生活のベースにしているのが特徴なのかなと。

谷中の街並み。撮影がはばかられるほど、住宅と密接な細い路地も見られました。

その一方で、谷根千ご近所エリアを南北に走る「不忍通り」や、交差する「言問通り」といった幹線道路沿いには、築30年程度のスリムなビルが建ち並んでいます。道幅拡張の働きかけや、家主の高齢化により、古い建物が続々と新しいものへと更新されているようです。

それ以外の場所は、大体が商店、戸建て住宅、寺院や墓地で埋め尽くされているため、マンションを探す場合は、こういった大通り沿いのペンシルマンションが主な候補となりそう。

左上・不忍通りにずらりと建ち並ぶ背の高いビルたち。幹線道路は交通量も多いため、エリアに抱くローカルでのんびりした生活イメージとはやや食い違うかも?/左下・言問通りも同様ですが、バスで「池袋」などへダイレクトにアクセスできる利点も。/下・ふたつの通りの交差点にはスーパー「赤札堂」があり、周辺住民の生活をサポートしている模様。

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左上・「不忍通りの拡張に向け 用地取得完了まであと1割 ラストスパート!」と記された看板。/左下・右・大正生まれの歴史ある日本家屋を使った串揚げ「はん亭」。2000年の道路拡張に際して不忍通り側の建物前面をカットしてあり、矢来越しに建物の切断面が見えてドキッとします。

おふたりも街の変化はヒシヒシと感じているそうで、大きなマンションが続けて建ったり、商店街のお店がかつてないスピードで移り変わっている! と具体例を挙げながら教えてくださいました。それに対する住民の方たちの反応はというと、これまた “まちまち” なのだそう。

坪井さん:この街らしさを象徴するような古い建物がなくなることに対して悲しい思いもあるんですが、マンションが建ったことで、ここ数年で子どもがめちゃめちゃ増えたという面も!

一時はどこも1クラスしかなかった小学校が2クラスになったり。やっぱりファミリーで越してきてくれると、街の温度が上がる体感があって、すごくいいなって。

「根津」駅周辺にて。家庭料理店の名前も「こころ」……おお、さすが漱石ゆかりの地?

時代とともに変化していく街があり、住民たちそれぞれの受け止め方がある。その中で、自分たちに出来ることは何なのか?「まちまち眼鏡店」のおふたりはすでに答えを見つけているようで、まっすぐにこう話してくださいました。

坪井さん:例えば古くからの商店がマンションになった時に、ここには以前こういうモノや人の想いがあったんだよってことを、私たちなりの目線で記録していくことが大事だと思うんです。

エピソードがあるだけでも、ただ『勤務地に近いから選びました』ってだけじゃなくて、その場所への想いを持って住んでもらえたり、街のことがもっと好きになってもらえるんじゃないかなって。

■だんだんがどんどん

そして街の変化には建て替わりのほかにもうひとつ。観光地化という流れがあります。いつ頃からか……おふたりの実感としては、2018年あたりから “谷根千ブーム” をはっきりと感じるようになったと言います。

柳さん:JRのポスターで谷中の「夕焼けだんだん」がドーンと出たり、TVでもよく取り上げられました。紹介されすぎて、実際に来ると想像より商店街が短いって感じるお客さんが結構いましたね。『あれ、これで終わりなんだ? 』って。

坪井さん:私が小学校中学年くらいまでは、観光地という感覚ではなかったんです。おばあちゃんと一緒に文房具屋さんにノートを買ったり、お豆腐屋さんへお使いに行ったりっていう単なる生活の場でしかなくて。

メディアにどんどん取り上げられるようになり、最初のうちは『あの番組見た?』と住民の皆さんも盛り上がっていたのだそう。それが、週末ごとにツアーガイドが観光客を引き連れて歩き、住宅しかないような細い路地にもカメラを向けられるようになってくると、『一体みんな、何を見にきているんだろう?』と違和感を覚え始めたと坪井さんは語ります。

坪井さん:自分たちにとって当たり前のことが、“レトロな下町” や “猫街” 、そういうワードで切り取られて、商売になっていると感じる瞬間が結構あって……

ブームが加熱するにつれて、普段行っていたお店やいつも自転車で通ってた道が、曜日や時間帯によっては人が多すぎて近寄れなくなっちゃったり。

観光客を意識して、お店の営業時間やメニューが変わっていくのも、ちょっと切ないなって。

地元民にとってエリアのファンが増えるのはきっと喜ばしいこと。しかし、メディアや観光客が期待する “谷根千” のイメージと、そこに住む人の実生活との間にはギャップが生じていたのかもしれません。

そして役割期待に応えようとするあまり、街が “自分自身のコスプレ” をするような状態では、そこに本来あったはずの魅力が記憶からこぼれ落ちていってしまうおそれがあります。

坪井さん:ぜんぜんそれだけじゃないのに、この街の魅力って!』と。でもそれは、本当に “今” 残さないと忘れ去られる。そう思ってるならやるしかないよねと。その気持ちを形にできる場所が「まちまち眼鏡店」なんです。

と坪井さんは続けます。お話を聞きながら、これこそがキモ、眼鏡で言うならブリッジの部分(?)に違いないと確信しました。

それではおふたりの考える、残していくべきこのまち本来の魅力とは、一体何なのでしょうか? 

その答えをお伺いする前に、実際に街へ出てみましょう。

■谷中の街へダイブ

このエリアには、「まちまち眼鏡店」を運営する建築設計事務所「HAGI STUDIO」が手がけている店舗・施設が点在しています。おふたりに案内していただき、各施設をめぐって行くことにしました。

2013年にオープンした「HAGISO」は、築60年以上の木造アパート「萩荘」をリノベーションした “最小文化複合施設” 。なお、手前にうっかり映り込んでしまっているのは後述の竹トンボです。

左上・「萩荘」時代のプレート。芸大生が住居兼アトリエとして多く入居する、クリエイティブなアパートだったそうな。/右上・1階にある「HAGI CAFE」では建物の持つ歴史を味わいながらくつろげます。/左下・ギャラリー「HAGI ART」はカフェに向かって開かれているので、食の延長線上にアートがすんなりと入ってくる感覚。バラエティ豊かな企画展示に心が躍ります!/右下・窓の向こうには隣の「宗林寺」の墓地が。寺院が所有する土地が多いのもこの地域の特徴で、「宗林寺」はHAGISOの大家さんでもあります。

左上・地域と一体化した小さなホテル「hanare」。古民家を利用した宿泊施設です。街全体を宿に見立てて、散策の中で食や遊びを体験していく仕組み。/右上・路地裏にひっそりと佇む、食材の生産者さんと手紙のやり取りができるお惣菜・お弁当・カフェ「TAYORI」。/下・2022年にオープンしたばかりの「asatte」は食と人の未来について考えるコンセプチュアルなジェラート屋さん。縁側のある裏庭も素敵なので要チェックです。

どこも旧来の建物を活かすことで風景に馴染んでおり、街に接続するよう気が配られてます。中にはTVの取材を受けないと決めている施設もあるそうで、周囲の生活環境を守ろうとする姿勢が印象的でした。

『泊まりに来たお客さん?』

坪井さん・柳さんに連れられ、カメラをぶら下げて歩いていると……「hanare」の隣で、縁側に腰掛けたおばあちゃんが明るく話しかけて来てくれて驚きました。『ううん、取材に来てもらったんだよ〜』『へえ、そう〜』お家の塀越しに小気味よくおしゃべりする坪井さん。いつもお客さんに話しかけてくれるんですよ、と後で教えてくれました。

路地から路地へ、歩いて行きます。

商店街のお米屋さんの店先では、竹細工が得意という店主のおじいちゃんが青竹を削って竹とんぼを作っていました。『持ってって』というお言葉に甘えて、竹とんぼをくるくる回しながら路地を行きます。なんだか、すごく楽しい。そして後になって頭を抱えたのですが、どういうわけかそういう楽しかった瞬間ほど、シャッターを切っていない!

左・スタッフが楽しくいただきました。これは別に取材だからというわけではなく、日常的に街の子どもたちに竹細工をくれるのだとか。素敵。/右・路地を歩いていると、毛並みが靴下模様の地域猫に会えました。坪井さんと柳さんは「ソックス」と呼んでいるんだそう。

取材は平日だったのですが、夕方近くなり商店街には日中とは違った活気あるムードが漂い始めました。『この辺りは井戸端会議を見かける頻度も高いと思います。会話が多い街って言えるかもしれないですね』と、坪井さん。

実は井戸端会議の多さ、取材しながら実感していましたよ……こちらは夕暮れ時が迫る「谷中ぎんざ商店街」の風景。エプロン姿でお買い物されている女性が多いのもほっこり。

同じく「谷中ぎんざ商店街」にて。

商店街にお肉屋さんや八百屋さんがあると、『これにはこういう料理法がいいよ』とか『あれ、もうすぐ入荷するからね』といった会話が生まれて、いっそう暮らしの豊かさを感じられる気がするんです、とおふたりは語ります。

それではそろそろ、問いに戻りましょう。

明日に残していくべき、このまち本来の魅力とは、一体何なのでしょうか? 

坪井さん:それは……日常だと思います。観光の限られた時間では知り得ない、早朝の気持ちよさや夜の面白さ。そして、歩いていて予測していないことが起こること。おばあちゃんに話しかけられたりですね(笑) 

こう話してくださったときの坪井さんの笑顔も、なんでカメラに収めておかなかったんだーっ! と後からすごく後悔しました。

■誰かと関わりあう日常

正直言って “日常” というと、同じことの繰り返し、平坦で何もない、そんなイメージを抱いていました。ところが「まちまち眼鏡店」のおふたりは “日常” こそが最大の魅力であり『予測していなかったことが起こるのが日常』と、正反対のことをサラリとおっしゃるので、かなり衝撃でした。皆さまはどうでしょうか? 個人的にはその感覚、ちょっと羨ましいです。

犬の散歩をするおふたり連れ。何を見ているんだろう? と覗き込んでみると……

建物の合間にひらけた雨上がりの空でした。ひとに見つけてもらうと、一層じわっと来る景色ってあるような気がします。

ここでの “日常” は、むしろ何が起きるか分からない、面白いものとして大切にされています。それは、同じ場所に暮らす他者の存在を感じているから、関わりあいを持ちながら生きているからに他なりません。

ということは。煎じ詰めれば、住んでいる人の豊かな個性(眼鏡)や、そこで生まれるコミュニケーションこそが街の最大の宝物、なのだとしたら。それは “谷根千ご近所” に限ったことではなく、もしかしたらどの地域でも同じことが言えるのでは……?

柳さん:そう! そうなんです。

坪井さん:メディアを始める時から、この試みがいろんな場所で盛り上がってくれたらいいよねって話し合ってたんです。なので、いい意味でエリアにはこだわっていません。それぞれの場所で「まちまち眼鏡店 ◯◯支店」みたいに広がっていったらいいなと思うんです。

なるほど、視点が増えれば支店も増えるんですね!

“谷根千” の顔とも言える名所、日暮里方向から谷中ぎんざ商店街を望む階段「夕焼けだんだん」。

ブームを経て、さまざまなブランド化やハッシュタグを超えて、この街は人と人が一緒に生きてゆく “まち” の価値の本質をつかもうとしているように思えます。古き佳きエリアというより、むしろ暮らしや人生の愛し方としては最先端。さすが東側のカッコよさとでも言いましょうか……まちとしての先輩の風格を感じます。

この街に遊びに行く時も、もしかしたら住もうという時も。『こんにちは。あなたの眼鏡ではどんな景色が見えていますか?』そんな思いで街や人と丁寧に触れ合えば、いわゆる観光地 “谷根千” の魅力とはまた違った、愛おしい日常が見えてくるのではないでしょうか。

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