中古マンションを購入し、楽しくリノベ暮らしをしているお宅へ訪問インタビューさせていただく「リノベ暮らしの先輩に聞く!」。
今回は、カウカモを運営するツクルバの設計部門「architecture室」のチーフアーキテクトで一級建築士の松山敏久(36歳)の自邸を訪れました。
無骨なコンクリートに手仕事の跡を感じる珪藻土、美しい木目のスギ材、鈍い光を放つ真鍮(しんちゅう)……。50㎡に多種多様な素材を散りばめたこの住まいからは、建築士である松山の遊び心が伝わってきます。
自分の家だからこそ、いろいろな素材を実験してみたい気持ちがありました。マンションの内装は白がベースのことが多いですが、僕自身真っ白で明るい場所より陰影豊かな空間が好きなのもあって、この家に白い壁はないんです。
実は、左官材や木をここまでふんだんに使ったデザインは初めて。設計段階では「どうなるかな」という思いもありましたが、結果的に心地いい空間になりました。
仕事ではワークプレイスの設計を手がけることが多い松山が自邸のリノベーションで意識したのは、「居心地」「陰影」「素材感」。建築士ならではの住まいづくりは、どのように進められたのでしょうか。
■「光の入らない部屋を、どう心地よくできるか」
代々木上原の静かな住宅街に立つこのマンションは築50年。「いい物件があるよ」と松山に教えてくれたのは、仕事仲間であるカウカモエージェントの大川です。以前、松山が「マンションを買うなら代々木上原か中目黒がいい」と言っていたことを覚えていて、連絡をくれたのだそう。
最初は「そんないい立地、条件に合う物件なかなかないよ」と言われていたんですが、たまたまいい物件が出たそうなんです。広さも50㎡と理想通り。間取りと内見写真を見ただけで、いいなと思いました。
特に興味を惹かれたのが間取り。元は2LDKで、LDKの隣には外向きの窓がない暗い個室がありました。普通なら迷うところかもしれませんが、松山はむしろ「この暗い空間をどう心地よくできるかトライしてみたい」と感じたと振り返ります。
マンションでは全室日当たりがいいことが理想とされますよね。でも都内の物件の場合、こうした光が入らない部屋があるのもよくあること。だからこそ、どんなことができるか可能性を試してみたいと思ったんです。
人気の代々木上原の物件、価格は3,400万円と射程圏内。「早くしないと売れちゃうよ」と大川に促され、現地を見ずに(!)思い切って即決。ちょうど年末の時期でしたがすぐにローンを申請したところ無事に通り、年始早々に内見をして無事に購入が決まりました。
設計については分かりますが、正直、物件の価値については専門外。エージェントの薦めを全面的に信じて購入を決めましたが、正解でしたね。内見した時は古い内装のままでしたが、最初からフルスケルトンにしてリノベーションするつもりだったので、全く気にしませんでした。
■コンクリート躯体を生かしながら、心地よい空間へ
いったん間仕切り壁や仕上げを取り払ってスケルトンにし、LDKを中心に北側にワークスペース、光の入らない東側に寝室をレイアウト。オンとオフを切り替えるため、玄関からつながるワークスペースは靴のまま入れるよう床を洗い出仕上げの土間に変更しました。
設計でポイントになったのが、この物件が「スラブ下配管」であること。マンションの排水は床スラブの上を通して共有の排水管につなげる方法が最近では一般的ですが、古いマンションの場合、下の階の住戸の天井の裏側に排水管を設置するスラブ下配管の場合があります。
水漏れなどのトラブルが起きた場合に他の住戸を修繕しなくてはならないのがネックですが、この物件は規約により配管部分を「共用部」としているので、トラブルが起きても修繕費については管理組合に相談することができます。
天井はコンクリート躯体現しをベースに、配管が現れる箇所は目隠しを兼ねてスギ材を貼ったり漆喰仕上げの天井を設置したりと仕上げを変え、天井高や質感にメリハリをつけました。
配管をあえて見せる仕上げ方もあると思いますが、僕は素材使いを楽しみたくて。素材感が際立つようにミニマムに納め、間接照明でコンクリートの陰影を楽しんでいます。
水まわりを動かせないのもスラブ下配管で悩ましいところ。特にバスルームと洗面室にこだわった松山は、位置は大きく変えず広さを拡張し、リラックスできる空間に仕上げました。
元は一般的なユニットバスでしたが、モルタル壁と質感がきれいな鋼板ホーローのバスタブで一新。バスタブは長さ1400mmで、長身の松山もゆったり浸かれるサイズです。入口にはスチールを溶融亜鉛メッキで仕上げた建具をオリジナルで製作し、ホテルのようにラグジュアリーな空間に仕上げています。
そして解体して初めて分かる部分もあるのが、リノベーションの難しさであり面白さ。キッチンは配管の都合で位置を大きく動かせなかったものの、解体してみたところ思った以上に壊せる範囲が広かったので、以前の間取りより大きな空間を確保できました。
奥行き1mの広い対面カウンターは、食事はもちろんPC作業をしたりコーヒーを飲んだりと、住まいで一番のお気に入りの場所に。
ここに住んでから、少しずつ料理を楽しむようになりました。料理してゆっくり食事をして、片付けるところまでストレスなくできて気持ちがいい。コンビニで買ってきたものを食べるよりも、きちんと生活している感覚というか。そういう生活を楽しめることは、自分でも意外でしたね。
■シンプルな空間に散りばめた豊かな素材
こだわりが詰まった住まいの中でも松山が楽しんだのが、前述の通り実験的な素材使い。中でも印象的なのが、豊かな陰影を描く左官仕上げです。
左官仕上げとは専門の職人が鏝(こて)を使って珪藻土や漆喰などの塗り壁材を仕上げる古くからの方法で、コテや塗り方を使い分けることで豊かなテクスチャーを作り出します。
前述の「光が入らない部屋」は天井と壁を目が粗い左官材でざらりと仕上げ、天井高をあえて2.1mと低く抑えて籠るような空間に仕上げました。間接照明とブラケットライトの光が左官材に豊かな陰影を描く空間は、マンションとは思えない静謐な雰囲気。
どうすれば暗い部屋を心地よくしつらえることができるか考えたとき、イメージしたのがイタリアを旅した時に見たマテーラの洞窟でした。土に囲まれたあの場所で感じた温かみや包まれる感覚を、自分の住まいで再現したいと思ったんです。寝室は休息の場所で、明るさも最小限でいいから。
一定の技術を要する左官仕上げ。今回依頼したのは、80代のベテラン左官職人でした。松山自身も左官の経験は少なかったため、イメージ写真を見せて相談しながら何度もサンプル製作を重ねたそう。
寝室だけでなく廊下やリビングの壁も珪藻土の左官仕上げ。ですが、よく見ると表面の細かさが違います。「全体で統一感を持たせながらさりげなく雰囲気を変えたい」と、同じ色味ながら珪藻土に混ぜる砕石の粗さを変え、質感に変化をつけているのです。
寝室は洞窟の雰囲気に近づけるため、粒の粗い「1分」の砕石を使っています。対して廊下は主動線上で壁に触れる機会も多いので、比較的目の細かい「5厘」に。住まいの中心であるリビングは、天井や壁の一部をコンクリート躯体現しのままにしているので、バランスが近い「7厘」の粗さで仕上げました。
寝室で目を引くのが、左官材が層のように重なったベッド背面の壁。土をつき固める「版築(はんちく)」という伝統的な工法の表情を模した「塗り版築」の仕上げによるもので、一面の中に5厘、7厘、1分と粗さの違う左官材を組み合わせています。
寝室とリビングの間には、ワイルドな木目が存在感を放つスギ製の引き戸を製作。幅の異なる3種の板材を組み合わせることでランダムな雰囲気に仕上げました。天井の一部にも同じスギ材を使用。バランスよく木の質感を取り入れることで、モノトーンのコンクリートや左官材の雰囲気を和らげています。
造作テレビボードやキッチンの腰壁には、モルタル風の質感でありながら施工しやすい左官材「モラート」を実験的に採用。LDKのバルコニー側の床の一部は玉砂利洗い出し仕上げで半屋外のように仕上げるなど、絶妙なバランスで組み合わせた素材感が、シンプルな部屋を彩っています。
いろいろな建築を見てきましたが、空間の心地よさを感じる理由を突き詰めていくと、細かい納まりまでしっかり作り込まれていることなんですよね。いくらコンセプチュアルでも、それが技術的に落とし込まれていなければ美しさや心地よさにはつながらない。そういった空間づくりを、自分でも目指していきたいですね。
ーーーーー物件概要ーーーーー
〈所在地〉東京都渋谷区
〈居住者構成〉シングル
〈間取り〉2LDK
〈面積〉50.46㎡
〈築年〉築50年
住まいの様子は動画でもご紹介しています。こちらも合わせてお楽しみください◎
取材・文:石井妙子/撮影・編集:國保まなみ