気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の暮らしぶりを「街の先輩」に聞いてみました!「街の先輩に聞く!」、 第5弾は「下北沢」です。


京王井の頭線と小田急線が交差する下北沢。狭く入り込んだ路地に劇場やライブハウス・古着屋がひしめく「シモキタ」カルチャーの街として有名ですが、この下北沢の街で今、大きな変化が起きています。そんな変化の中、駅前にポッカリとできた空き地に今年、金網で囲われた大きな空間「下北沢ケージ」が出現。なぜ金網なの? 何をするところなの? 3年間限定でオープンしたこの「下北沢ケージ」に込められた想いを聞きました。

■変わりゆく「シモキタ」に誕生した「金網フェンス」の施設

サブカルチャーの代名詞として有名な下北沢ですが、東京都などが進める立体交差化事業で、京王井の頭線は高架となり、小田急線は地下化されました。そこにできた京王線高架下の空間に、今年8月、金網のフェンスに囲われた新しい複合施設「下北沢ケージ」が誕生しました。イベント施設と飲食店が融合した施設です。

駅を降りるといくつもの商店街があり、多くの人が絶え間なく行き交う下北沢の街。

駅周辺は再開発が進み、線路沿いは囲いに覆われている。

突如現れたものめずらしい空間に、足を止めて中の様子を気にする人も多い。

「下北沢ケージ」は、事業主の京王電鉄によるリードのもと、株式会社スピーク株式会社東京ピストル、株式会社WATの3社がタッグを組んでスタートしたプロジェクトです。今回、この施設を作った意図について、スピーク共同代表の林厚見さんとWAT代表の石渡康嗣さんに話していただきました。

■3年間限定の空地を、街のために有効活用させるとしたら・・・

スピーク共同代表の林さんは、ユニークな視点で物件を紹介するサイト「東京R不動産」を運営。さまざまな不動産の再生などを手掛けています。WAT代表の石渡さんは、様々なコミュニティをつくるカフェの運営をする一方で、「ダンデライオン・チョコレート」の運営にも携わっています。

お話を伺った株式会社WATの石渡康嗣さん(左)と株式会社スピークの林厚見さん。

この場所にこのような空間を作った背景・経緯について、林さんに聞きました。

林さん:『下北沢ケージ』がある場所は、以前は土に埋もれた何もない場所だったのですが、京王井の頭線の工事に伴って、3年間だけ空地になることがわかった。3年後にはまた別の形で使われていく可能性が高いのですが、京王電鉄さんから『3年間の期間限定で、この空地を有効活用したい』というご相談をいただいたんです。

それがきっかけで、この実験的なプロジェクトは始まったそうです。

林さん:経済的な観点で言ったら駐車場にするのが一番効率がいいんです。でもせっかくだからみんなが使える場所にしたいね、と。シモキタって、ちょっとした広場がないでしょう?

■何かが起こるような「空間」を作りたい

林さんは、下北沢に「細い路地と広場のある街」を作りたかったと言います。

林さん:例えば、ヨーロッパの街や、あるいはモロッコなんかでも、魅力的と言われる街には、細い路地を歩いて行くとそれを抜けた先に広場があるわけですよ。そこでは人々が思い思いに過ごしていて、憩いの場になっている。それで、シモキタにも、街に出てきた人たちが一息つけるようなポケットパークがあるといいなと思ったんです。パブリックな場所なんだけど、何かが起こるような空間にできたらなぁって。

株式会社スピーク共同代表の林さん。ユニークな視点で物件を紹介する「東京R不動産」を運営。さまざまな不動産の再生などを手掛けている。

■「外」と「中」を緩やかに繋ぐ、金網の「ケージ」

それにしてもなぜ、金網のフェンスに囲われた施設なのでしょうか。

林さん:3年間の期間限定ということもあって、あまり大げさな建物はつくれないんですよね。高架下の空間の雰囲気にも合いそうな空間はなんだろうと考えていたら、金網で囲まれた檻のイメージが・・・笑

林さん:フェンスで囲われることで、ひとつの空間としてのまとまりも生まれる。ただの空き地でなく、何かをするための舞台になりますよね。そして外からは中の様子が見える。中と外がゆるやかにつながることができるんです。

ケージの中は面積200平方メートルの大空間。金網を使って空間の演出が色々とできたり、マーケットでは服や靴を引っ掛けて売ったり、といったこともしやすいという。

■「地下カルチャー」コンテンツと、「表の世界」を繋ぐ空間に

中と外を繋ぐ? どういうことでしょうか。林さんは、下北沢の持つサブカルチャー的コンテンツを、表の世界に出す「空間」を作りたかったと語ります。

林さん:『シモキタ』には演劇や音楽、お笑いにファッションなど、文化的なコンテンツがたくさんある。でもそれは地下やライブハウスの中で行われているものがほとんどで、なかなか表には出てこなくて、もともと興味のある人しか行かないわけです。これがすごくもったいないなぁって思ったんです。

林さん:例えば演劇をやっている人がここを表現の場として使ってくれることで、フェンス越しにその風景が街に滲み出す。すると、たまたま街に遊びに来た人やここの前を通りかかった人と文化との間に偶発的な出会いが生まれるでしょう? 建物をつくって囲ってしまうとそうはいかない。そんな思いもあって、ケージというスタイルを取ることにしました。

■「地元の人」と「遊びに来た人」が、ともに活用できる自由な「空間」

この「下北沢ケージ」では、何が出来るのでしょうか。石渡さんは「地元の人」と「外から来た人」が自由に使える「空間」としての意味を強調します。

石渡さん:ケージの脇には飲食店「ロン・ヴァ・クァン」があり、カジュアルなアジア料理が楽しめるのですが、屋外のケージの中にもテーブルやイスがあるので、飲んだり食べたりできます。そしてレンタルスペースでもあるケージでは、トークショーや上映会などといったイベントを行ったり、ナイトマーケットを開いたりといった感じ。普段は公園として解放しているので、犬を連れた散歩途中の人なんかもふらっと遊びに来てくれるような日常性のある場所にもなっています。

■「色々な人達がミックスになっている街」下北沢

若者の街、下北沢という印象ですが、石渡さんは下北沢には若者だけではなく、さまざまな人達が混じり合っている街だと、シモキタの魅力を語ります。

石渡さん:街に遊びに来た人と住んでいる人の雰囲気はちょっと違うからだいたいわかりますよ。外からやって来た人は目的を持って歩いている感じがしますね。住んでいる人たちはスーパーの買い物袋を自転車のカゴに入れて、普段着のままでふらっと寄ってくれたりするので。

石渡さん:シモキタって若者の街という印象がありましたが、歩いている人を見ていると、こんなにいろいろな人がミックスしている街は稀なんじゃないかと思っています。音楽や演劇に関わっている若者から近所のおっちゃん・おばちゃん、学生、バギーを押している子育て世代まで、本当に様々です。

株式会社WAT代表取締役の石渡さん。コミュニティを育むカフェの運営を様々な方法で実践しつつ、米西海岸のクラフトな食のブランドの日本上陸も手がけている。

若者が歩いている姿を多く目にするのは下北沢の特徴のひとつ。

■大人の街の中にある「若者のテーマパーク」下北沢

下北沢の街を歩くと、スーパーの買い物袋を持った地元の方の姿も目に入ります。下北沢駅前には、戦後にできた闇市の名残「下北澤驛前食品市場」もあります。そんな下北沢の姿も、最近少しずつ変わりつつあります。

戦後にできた闇市の名残「下北澤驛前食品市場」の様子

お二人にとって、下北沢ってどんな街なんでしょうか。

林さん:東京に残された数少ない、人間らしい街。消費されるトレンドとは違う骨太な感性が今も息づいている。文化的なことに興味を持っているんだけど、変にかっこつけたくない、すかしたくないと思っている人たちが集まってくる街なんじゃないですかね。

林さん:そして一般的に言われる下北のおもしろさや魅力とは別の視点でいうと、駅周辺の賑やかなエリアの外側にはとても成熟した大人っぽい住宅街があるんですよね。いい雰囲気のお蕎麦屋さんなんかもありますよ。

■「この街がつまんなくなっちゃうのはさみしい」

石渡さん:若い頃はよく遊びに来ていました。高円寺かシモキタか、という感じでした。しかし、社会人になってからは自然と足が遠のきました。大きな目的がなくなってしまったからだと思います。

一方、世田谷出身の林さんは、幼い頃から下北沢にはよく来ていたそうです。

林さん:シモキタの文化論を語れるほどではないですが、シモキタが牽引してきた70年代とかに流行ったカルチャーは、ファッション的にはメインストリームの方向に行かなかったと思います。だから、古着とかコアな部分が残る、ちょっと独特な雰囲気の街になったんでしょうね。

林さん:昔のシモキタは本当にかっこいい街だったんです。そういう意味でも、この街がチェーン店が増えていくのはさみしいなぁって思うんですよ。

下北沢の街並み。下北沢には古くからカルチャーを発信、受け入れる風土があったという。

■新しいものやエンターテインメントに理解を示してくれる街

新しい試み「下北沢ケージ」。地元の方の反応はどうなのでしょうか。林さんは、地元の方の反応にも、下北沢という街の特徴があるといいます。

林さん:みなさん、とても寛容でありがたいですね。イベントなどをやるとどうしても音が外に流れてしまうのでクレームをいただくこともあって、当初思っていたような音楽系のイベントなんかは控えているのが実情ですが、『この街の雰囲気に合っているし、楽しげでいいんじゃない』と言って優しく受け入れてくれる方が多い。その辺はやはり下北沢だなぁって思います。

林さん:(下北沢という)場所柄なんでしょうけれど、表現やエンターテインメントに対する理解がある。僕らは街のために良かれと思ってここを運営しているけど、住んでいる人たちが嫌なことはしたくない。だから、街の人たちと協力しながら共存していきたいなと考えています。

■「個人の色」が見えるお店が多い街

「下北沢ケージ」につながる道。個人色の強いお店が軒を連ねている。

下北沢に軒を連ねるお店もまた、魅力だと石渡さんは言います。

石渡さん:シモキタには個性的なお店が沢山残っているところがよいですよね。1階のお店が多いので、立ち寄りやすいのも魅力。お店同士の横のつながりも強そうで、ほかの街にはない風景があるなぁと感じています。

林さん:そうだね。個性的なコンテンツのお店が多いから、そぞろ歩きをするにはいい街ですよ。中目黒や青山よりもリラックスした気持ちで過ごせる。僕も住んでみたいって思いますもん(笑)

下北沢と言えば、「本屋B&B」も日夜イベントを開催し、多くの人を集めている。

変わりゆく街、下北沢に誕生した「下北沢ケージ」。そこには「外から訪れる人」と「地元に住む人」がともに作り上げてきた「シモキタカルチャー」の新しい形があるのかもしれませんね。

<下北沢ケージ>
演じる人、奏でる人。モノを売る人、食べる人。呑む人。語り合う人。佇む人。 あるときは、街角の公園。あるときはナイトマーケット、劇場、公園、シアター・・訪れる度に違う顔のある街の広場。

住所:東京都世田谷区北沢2-6-2 京王井の頭線高架下(京王井の頭線・小田急線下北沢駅徒歩3分)
営業時間:13:00-23:00(火曜日のみ 15:00-23:00)
ウェブサイト:http://s-cage.com/

>ほかの街の様子ものぞいてみませんか。