東京都台東区・蔵前。ここ数年若いクリエイターが古い建物をリノベーションして、ハイセンスなアトリエやゲストハウス、雑貨店をオープンしていることで話題の下町エリアです。ゲストハウス「Nui HOSTEL & BAR LOUNGE」や「カキモリ」などを筆頭に、個性派のお店が点在しています。
今回ご紹介する「MAITO(マイト)」も、蔵前に拠を構えるショップのひとつ。染色家の小室真以人さんが2012年にオープンした、草木染めの染色工房とショップが隣接するアトリエショップです。
糸作りをベースとしながら、天然素材とメイドインジャパンをコンセプトに、ものづくりをする「MAITO」の小室さんに、染色の魅力と蔵前の街について、お話を伺いました。
使用する素材は、シンプルでナチュラル。だから心地いい
ショップだけにするのではなく、染色を行うアトリエをショップの中につくった理由は、お客さんに実際につくるところを見て、感じてもらえる場所をつくりたいと思ったからだそう。まずは、MAITOがどんな経緯で始まったのか聞いてみました。
昔ながらの方法で「良いもの」をつくりたい
ーもともと小室さんのご実家は、染物屋さんなんですよね?
はい。幼い頃から染め物工房で働く父の姿を見ながら、お手伝いをして育ちました。日常生活の中で、草木染めを当たり前のようにしていた子どもでしたね(笑)。この体験があったから、きっと今の僕があります。東京の大学に進学するまでは、ずっと福岡で暮らしていました。
東京藝術大学の工芸科に入学してからは、いろんな素材や技法に触れました。中でも、染色は立体にはならないけれど、触っていると楽しくて。僕には向いているなと感じていたんです。
でも、大学で学ぶ中で、幼少期から親しんだ草木染めが「過去のもの」という扱われ方をしていることに気付いて。確かに化学染料に比べると色も淡く手間がかかるけど、それじゃあさみしいなあと。草木染めのデメリットをどうメリットに変えられるのか。化学染料ではなく、昔ながらの方法で良いものをつくりたいと思ったんです。
また、大学生の時から、異素材を染めたい気持ちもあって「革」を染めたりもしています。
最初は何をしようか決めてなかったんです。それでも、草木染めはライフワークにしようと決めて、父のもとで教えてもらおうと大学卒業後は福岡の実家に戻りました。
ーいよいよ、修行生活のはじまりですね。
そうですね。父の仕事を間近で見ながら、最初の2年は丁稚奉公のような形で修行をしました。厳しいと言われる修行生活ですが、僕は実家暮らしをさせてもらっていたので、ありがたかったですね。
「MAITO」のはじまり。日本の色と文化を届ける
ーそれでは、ブランドとしての「MAITO」はどうやって始まったんですか?
父のもとで、6年間修行をしていたのですが、その間に、島精機製作所さんがつくる、「ホールガーメント」という編み機から、直接立体的につくられるニットを見て強烈に惹かれたんです。今思うと、それが契機だったと思います。
染め物をしていく中で「立体」にずっと興味があったので、ニットの機械編みに出会い、難しいとされる天然繊維を使って、つくり始めました。それが、ブランドとしてのMAITOのはじまりです。
日本の昔からの文化としてあったは、「染め」と「織り」なんですよね。「編む」ことは後発とされていて。でもそこで使われているのは糸だったんです。僕は機械系が得意なので、これはやれるんじゃないかと勉強しながら1年をかけて習得しました。
ーMAITOとブランド名を名付けた理由も知りたいです。小室さんと同じ名前ですよね?
そうなんです。自分の名前をつけたのは、大学の友人の声がきっかけですね。真以人の糸だからと言われて、ピッタリだと感じたんです。コンセプトと名前が合っていたのもありますし、これで頑張るぞ! という思いも込めました。そこから、靴下やストールなど少しずつ商品が増えていきました。
最初は「草木染めの靴下なんて売れるわけないじゃん」と厳しい意見もいただきました。だけど、僕は諦めることなく続けていくんですね(笑)。再度、福岡から東京へ上京するまでの間は、車に商品を詰め込んで地方を巡りました。
ー諦めることなく続けていけたのって、どうしてでしょう?
少しずつ認めていってくださっていることが嬉しかったんです。こだわりというか、執念ですね。せっかく染物屋の家に生まれてここまでやってきたのに、諦めるのはもったいないなって。
僕は、この環境に生まれたことをラッキーだと捉えているんです。家業について、しがらみだと思うかどうかって自分次第だと僕は思うので。あと一番は、ものをつくるのがすごく好きだからです。
植物のなりたい色を、引き出して染めていく
ー草木染めを極めるということですね。
はい。今は草木染めを極めたいですね。草木染めをしていると、自然の中にある命をいただいているという感覚があります。空を見たとき星が見えて、緑があること。四季の中で変わっていくことも感じていたいんです。
僕は、日本に生まれたことも嬉しく思うし、日本が好きなんです。四季があって、自然があって、できること。それが日本人らしさなんだろうなと思っています。 染め物を通じて、もっと日本文化については理解を深めていきたいと思っています。
昔は赤を使うにも、自然の中の赤を使っていたと思います。ただ色がきれいなんじゃなくて、「思い」を馳せていたんじゃないかな。色の背景にストーリーがある。その色がうつろうのも、身につけた人にとって気分のいいものになるといいなと。
気持ちがちょっと違うだけで、世の中の見え方も少し変わってくるかもしれない。本物の自然に出会いたくなるきっかけになったらいいなと思っています。
ーそれぞれの色の背景に思いを馳せる。素敵ですね。
また、今ある植物を煮出して染めることは、ライブ感があります。植物は育てるところからやりますし、野山に出掛けて出会うこともできる。手軽にできることだというと、軽やかかもしれないけれど。ものづくりの過程がシンプルだからこそ、感動します。
ー染めるほどに変わっていくんですね。いつも、感動がありますか?
見つけた植物から生まれる色は毎回違うので、感動しますね。職人的には、予測を立てながら動いているところもありますけれど、毎回新しい発見があります。染めてやろうというより、植物の色を引き出す作業です。植物がなりたかった色に染めていくようなところがあります。
ーかなり奥深いですね。いろんな染め方があるんですか?
そうなんですよね。お水と火とバケツや鍋があれば、どこでも染められますしね。草木染めは、自然界にあるものを何でも使えます。採取した植物を、ことことお鍋で煮て煮汁をとって、その煮汁と生地をくっつけていきます。ここには、いろんな変化が起きています。例えば、金属イオンを使って、包み込んであげる。原始的な方法だと、土を使うときは、塗り籠めてタンニンや大豆などでくっつけてあげるとか。
草木染めをしたい人が、楽しんで染められる場所へ
ー藍染め体験ワークショップなど、実際に草木染めを体験できるワークショップを毎月開催しているそうですが、なぜ始められたんですか?
せっかくここには染め場があるのに、僕だけ楽しんでいるのはもったいないなって。
商品を手に取ってもらえる喜びも、もちろんあります。だけど、家庭や暮らしの中でも楽しんでもらいたい。僕は、染める人が増えたらいいのにと思っています。日常生活では、染めることは当たり前のことではないですよね。だからこそ、染める過程を通じて草木染めのことを知ってもらいたいです。
ーワークショップでは、どんな体験ができますか?
毎月の染める植物を1種類から2種類決めさせてもらって、染色に適した生地をご用意して一緒に染めていきます。過去には、貴重な染料と言われている紫根を使い、シルクに淡く染めました。初夏だと、お店の前で育てている藍の生葉を使った藍染めをする予定です。
実際に染めた方からは楽しいという声をいただいています。リピーターさんが多いですね。目的としては、草木染めをする「きっかけ」を増やすことなので、新しい方にも来ていただけたらと思っています。限られたスペースなので、工夫しながら開催しています。
人気のワークショップは、告知をすると早々に満席になってしまうそう。次回のワークショップは、8月26日、27日開催予定とのこと。今後のワークショップのお知らせも、ぜひウェブサイトでご確認ください。
同じ生地や染料を使っても、人によって仕上がりが全く違う草木染めの魅力。みなさんも、「夏のおでかけ」を楽しむ時間を、ぜひ体験してみてくださいね。
【番外編】MAITO小室さんオススメの蔵前スポット!
ー最後に、MAITOのある、“ゆるやかに時が流れる、ものづくりの街”、「蔵前」の魅力についても教えてください。
蔵前は、人があたたかいですね。下町にも、いろんな下町があると思いますが、蔵前は素敵な人が多いんです。江戸の気質というか、すごく柔軟で憧れる人がたくさんいます。普通だったら、先輩風を吹かすようなところも全くないんです。相談したり教えてくださいと聞いたことも、隠すことなく教えてくれます。僕も、こういう人間になりたいと思える人ばかりです。同世代で悩みながら、一緒にがんばってきた人もたくさんいます。
ー中でも、おすすめのお店はありますか?
蔵前はごはんも美味しいところが多いんですが、もちもちで美味しい “寝かせ玄米” が食べられる「結わえる」はオススメです。
また、僕が蔵前に来るきっかけにもなった、革製品ブランドのエムピウさんと、オーダーノートで親しまれている文具店のカキモリさんにも、行ってもらえたら嬉しいです。
■取材協力:MAITO(マイト)
WEBサイト:http://maitokomuro.com/shop-list/
〒111-0051 東京都台東区蔵前4-14-12 1F
TEL:03-3863-1128
OPEN:11:30 – 18:30
定休日:月曜日
取材・文:藤本あや/編集・撮影:cowcamo編集部/写真提供:MAITO