気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました!「街の先輩に聞く!」、 第33弾は「西荻窪」です。
「東京都内で住んでみたい街といえば・・・」に続く名前に必ずと言っていいほど挙がる吉祥寺。でも、実は、今、吉祥寺好きの人たちが少しずつ動き始めていると言われる場所があります。それは、お隣の駅、西荻窪。
中央線の快速が停まらない地味な街? と思いきや、センス抜群の人たちがこぞって訪れるという噂もチラホラ・・・。そこで、この街に暮らし、地元からも海外からもファンが集まるブックカフェ&ギャラリー「松庵文庫」を営む岡崎友美さんに、西荻窪の魅力を伺いました。
■西荻窪の「守り人」でありたい。そんな人々の思いが集ってできた古民家カフェ
駅前には南北に昔ながらのアーケード商店街や古い飲み屋街。ざわざわと楽しそうな中を数分進むと、同じ街とは思えないほど辺りの空気が落ち着いてきます。
ぽつぽつとある、小さいけれど洒落た佇まいの雑貨店や飲食店を横目に、住宅街に入っていくと、古くからある大きな民家や緑が生い茂る庭が現れ、いかにも落ち着いた雰囲気に。
そうした閑静な住宅街の先に、突然現れる古い民家。年代を感じさせつつも丁寧に手入れされていることがわかる二階建てのこの木造家屋が、今回訪ねる「松庵文庫」です。
ガラス扉を開けて中に入ると、風が通る店内の奥で、スタッフさんたちが軽やかに、開店の準備を始めていました。その姿を見守るように、ガラス窓の向こうの中庭から、大きなつつじの木が顔を覗かせています。
「あのつつじの木を守りたい一心で、このお店を始めたんです」と笑う岡崎友美さん。近所で、10年前から暮らしています。
もともと、この家には音楽家のご夫婦が暮らしていたんです。私たちはいつも垣根越しにこの庭のつつじを美しいなあと思って見ていました。でも数年前にご主人が亡くなり、奥様がひとりでは広すぎるからこの家を売ろうと思う、とご挨拶にいらして。西荻窪は古くて大きな家も多いんですが、最近は分譲になってマンションが建つことも増えています。人が集まるのはいいことですが、この素敵な庭やつつじの木がなくなるのは、ただただ残念だな、と感じたんです。
西荻窪の美しい風景が、またひとつ消えてしまう。
そう思う岡崎さんの表情から何かを感じ取ったのでしょうか。家の持ち主である奥さんは、「もしよかったら、あなたがここを使って、家とつつじを残してくれないか」と打診します。
もうびっくりですよ! 私はずっと専業主婦をしていたし・・・。残せたらいいとは思いましたけど、自分に何かできるなんて思ってなくて。無理です、ってお断りしたんです。でも奥様がもうどうしても、とその後、何度もうちに相談に来てくださって・・・。
夫とも相談し、どういう形なら、自分たちにこの大きな家を維持できるかと様々な業態を考えた末、まずはレンタルスペースとして始めてみようということに。といっても、会社員の夫は多忙で、当然オーナーとして働くのは岡崎さん自身です。
まさか自分が、というところからのスタートでしたけど、友人のウェブデザイナーやワインアドバイザーに相談したら手伝ってくれたり、ご近所に住んでいるライターさんが店を紹介してくれたり。カフェオープンに際しては思わぬご縁に恵まれ、カフェ立ち上げ経験者のバリスタが力を貸してくれました。近所なので今も困ったことがあるとメンテナンスに来てくれます。
西荻窪の中で、協力してくれる人たちのご縁が、どんどん集まっていったんです。本当に、私が何かしたというより、西荻窪のこの美しい場所を守りたい、という気持ちが集まって、今の店になっていった気がします。
■魅力的な個人商店が集まっていることが、西荻窪で暮らす最大の魅力
レンタルスペース以外に、ギャラリーやブックカフェとして運営している松庵文庫には、店内におしゃれな古道具や本、お花、アンティーク家具がセンス良く並んでいます。実はここにあるものの多くは、西荻窪で仕入れたものだそう。
もともとアンティーク家具が好きで、西荻窪には古道具店が多いので、訪ね歩くことが多かったんです。店内で必要になる家具や小物を「ひぐらし古具店」さんに買いに走ったり、お花も庭の花が不足している時はお気に入りの花屋「エル・スール」さんで仕入れることが多いですね。顔色の悪いバラとか(笑)、素敵なんです。
個人商店が多くて、店主のおしゃれなこだわりがあるから、センスが良いものを、ご近所で手に入れることができるのは、すごく助かっています。逆にうちのイベントのDMを置かせてもらったりもしてますね。
人々の暮らしに寄り添うそう素敵なものが、西荻窪には揃っている、と岡崎さん。個人商店が圧倒的に多く、駅前にもチェーン店はほとんどないのが、街の魅力を形作っているひとつの大きな要因ともいえます。
例えば、こだわりの珈琲店はいくつもあるけど、スターバックスはひとつもないんですよ(笑)。少し前にはきっと吉祥寺にあったような個人店主の雑貨店や飲食店が、西荻窪に流れてきているんでしょうね。吉祥寺はわっと注目が集まって、駅ビル開発や大手参入で、賃料も高騰してしまった。住んだり、店を持つのは厳しいのが実情ということもあって、だから吉祥寺の雰囲気が好きだった人たちが西荻窪に集まっているというのはよく聞く話ですね。
こうしたお気に入りの店で、店主と話をするのも暮らしの質を上げてくれます。岡崎さんが松庵文庫のスタッフと連れ立って、よく行くのが「オーケストラ」や「大岩食堂」などのカレー屋さんだそう。
西荻窪ってカレーの街って言われるんです。すごくカレー屋さんが多い。でも一軒一軒すごく特徴があって、それぞれに良さが異なるんです。スパイスにこだわっていたり、お酒が飲めて夜も使えたり。私もカレーが大好きなので、スタッフと一緒にまかない並みに通わせてもらってます。人気店でもどこかゆるくて、「今日はもう店閉めたいなあ」なんてシャッターを半分おろして営業していたりとか(笑)。
そういう、ちょっとぷっと笑っちゃうような、頑張りすぎないところが西荻窪の魅力ですね。そして住んでいる人がこの感覚をわかってくれる、というのが、いい。
■一つ一つの店が主宰する「西荻イベント」。観光地ではなく生活の場所としての価値
個人店が勢いを持っている街だからこそ、商店街や個人店が、自分たちで街を良さを発信し続けています。
私も店を始めてから知ったんですけど、西荻窪で開かれているフェスとかイベントとかって、最初は本当に少人数で初められてるんですよね。住民や個人商店の店主とかが、街のいいところを知らせたい!と声を上げていることが多いんです。
有名なところだと西荻ならではの暮らしの情報発信をしている「西荻案内所」や西荻窪のお店を紹介する「チャサンポー」などで、「西荻ラバーズフェス」は最初はひとりの声かけから始まって、2万人ほど人を集めるイベントにも成長しています。
住民や個人店が発起人で、地元客や遠方からの客を魅了しているってすごいことですよね。大手発信でないことにこそ、西荻窪の良さがあるんだな、と思っています。
岡崎さん曰く “ひっそりと” 営業している松庵文庫もまた、地元住民の方と、遠くから来るお客様の両方に広く愛されています。
住宅街のわかりづらいところにあるのですが、口コミでたくさん近隣の方がいらしてくれます。平日はほとんど西荻窪住民の方ですね。元々の持ち主だった奥様も、お友達を連れてよく訪れてくれるんですよ。
休日は、逆に “外からのお客様” が増え、ほっとした時間を過ごしていかれるそう。
インスタなどSNSの効果もあって、休日は、遠くから西荻窪を訪ねてくれる方が多いですね。「おばあちゃんの家に来たみたい」とくつろいで下さいます。昨年ディーン・フジオカさんの出演するドラマ撮影に使われてからは、急に台湾や韓国のからのお客様が増えて驚きましたけど(笑)。それもありがたいですね。
どんなに人気が出ても、忘れないようにしていること。それは、「西荻窪を観光地化させない」という思い、と岡崎さんは言います。
やっぱり、西荻窪という町が誰のものかというと、他の誰のものでもない、住んでいる人たちの場所なんですよね。その温かくておもしろい雰囲気を好きな人が訪ねてきてくれる、というくらいがいいと思っています。
この雰囲気やイメージを守るために、私も一店主として今後は街のためにもう少し発信や活動も増やしていきたいなと思っています。
■遠くから憧れた西荻窪。住んでみて愛した西荻窪
プライベートでは、結婚後は大田区で暮らし、十数年前にご主人が生まれ育った西荻窪に引っ越して来た岡崎さん夫婦。外から見た西荻窪と、住んでみての西荻窪はどう違ったのでしょうか?
昔はやっぱり吉祥寺にも近いし楽しそうだなって、憧れの目で見ていました。でも、実際に暮らしてみると、吉祥寺が近いからじゃなくて、西荻窪がすごく暮らしやすい街だってわかったんです。
古くから暮らしている人たちが多く、街として成熟しているから、住民の付き合いが自然で程よく仲がいいんです。ご近所にどんな人が暮らしているか、というのをみんなが大体知っているというのも安心できますよね。
今は中学生になるふたりのお子さんが育ったのもこの街。岡崎さんは、ここで子育てをしたら他には引っ越せなくなる、と言います。
昔から社宅が多くて、そこを出た人たちも同じ町内で家を購入したり、学区内で引っ越ししたりするお友達は多いです。一度住んだらみんな出ていかないんですね(笑)。
子育てをしている若いお母さんたちも多いですがみんな落ち着いていて、子育てもじっくり真面目にやる人が多くて。神社で秋になると焼き芋を配ったり、地主の方の栗農園に子どもたちが栗拾いに行ったり、昔からの地域活動が普通に根付いているのもいい環境です。
憧れではなく、暮らしてこそ愛すべきところが増えて行く街。低層階マンションも増えていて、子供のいない共働き世帯や家族連れも増えているものの、不思議と暮らしを大事にする価値観の人が多いのも、昔ながらの街の雰囲気が変わらない理由となっているようです。
■大きな波が来ても、西荻窪という村の静けさは、住民が守り行くはず
そんな西荻窪も、2020年に向けて、今と姿を変えていくのでしょうか?
そう質問に、岡崎さんは少し考えてこう答えてくれました。
西荻窪って、住民には「村」って呼ばれてるんです。緑も多いし、ちょっと田舎みたいで。吉祥寺から流れてきた人が増えて、西荻窪も人気が出ている分、やっぱり駅前なんかは少し変わっていくかもしれないですね。でも、この村だけは大きな商業化の波に呑まれて欲しくない、と住民の多くは思っていると思います。
だからこそ、住民や個人店主が声をあげ、「西荻の良さ」を訴えたり、自分たちが「面白い」と思えるものを作っていく。その仲間が増えてくれることを期待していると言います。
おもしろい人がどんどん移り住んできてほしいなって思いますね。個性的な人たちが集まって、個人が頑張りすぎずに頑張る感じがちょうどいい。急行が停まらないくらいが、この街には合ってるんです(笑)。そんな街を面白がってくれる人が増えたら、きっと西荻窪という「村」は守られるはずだと思うんです。
ひっそりと営むセンスのいい花屋。味は絶品で、ゆるりとした店主のおしゃべりが楽しい飲み屋。いつ訪れても棚に魅せられる本屋。暮らしの寄り添うやさしい自然。「あ、この街のこういうところが好き」。誰かに大声で広めたくなるというより、自分の胸の中で「良さ」がじんわりと感じられるのが、西荻窪という街。
その良さを体感するには、外から見るより、やっぱり中に暮らしてみないとわからない。お話を聞けば聞くほど、西荻窪の住人のひとりに、なってみたくなってしまいました。
<松庵文庫>
住所:杉並区松庵3-12-22
営業時間:11:30〜18:00
定休日:月曜・火曜
ウェブサイト:http://shouanbunko.com/
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取材・文:玉居子泰子/撮影:cowcamo編集部/編集:THE EAST TIMES・cowcamo編集部