カウカモマガジン8月号のテーマは「TOKYO研究」。さまざまな角度から、まだ知らない “東京” の魅力を掘り下げていきたいと思います。今回のテーマは「地図」です!
ドラマやゲームの世界の中で使うために、“実在しない街が舞台” の地図をつくる。そんなマニアックな仕事があることをご存知ですか?
そんなお仕事をされているのが、街や地図を俯瞰的な視点で捉え、“実現しない街=空想都市” をつくり、また東京という大都市を研究されている、地理人研究所の代表、今和泉隆行さん。
地理マニアがこうじて、「地理人」というニックネームで皆から親しまれる彼に、お仕事の話や住むのにおすすめの東京の街についてお聞きしました。
地理人さんは、1985年生まれの31歳。幼少期から街というものに興味を持ち、以来20年以上、空想の地図を描き続けているという。
すべてはバスの路線図に興味を持ったことから始まった
ー「地理人」とはかなりインパクトのあるお名前ですね(笑)。いつから地図に興味を持ち始めたんですか?
そうですね。地図に興味を持つようになったのは4歳くらいで、それはバス路線図がきっかけでした。当時、横浜駅至近のマンションに住んでいたのですが、家の目の前にバス停があった。1分間に何本もバスが来ていて、ずっとその様子を見ているうちに、バスの系統番号や行き先を覚えるようになったんです。
それで、父親と一緒に気になるバスに乗って郊外まで行ってみる・・・というようなことをしていたのですが、バスに乗ると次第に街並みが変わり、景色が変わりますよね。バスは私が知らない世界に連れて行ってくれるスゴイ乗り物だったわけです。路線図を見ると、まだまだ見知らぬ場所に連れて行ってくれるバスがあるということに気付きました。バス路線図を片手にいろいろなバスに乗り、さまざまな郊外を見つける、ということを繰り返していくうちに、バスから風景の変化や街の様子に興味が移っていったんです。
こちらは両親の帰省に毎年ついて行っていた鹿児島市のバス路線図。バス=知らない世界に連れてってくれるスゴい乗り物。路線図片手にあちこちでかけていたそう。
ーほう。
そして、一種の現実逃避のような感じで「空想都市」をつくりたいと思うようになったのですが、その都市を描くための手段が地図でした。7~8歳くらいから「空想地図」を描き始め、大学生になると47都道府県のいろいろな都市をくまなく見て回るようになりました。その頃から周りから「地理人」と呼ばれるようになりましたかね(笑)。
小さい頃に描いていたというバスの路線図。
ーえっ。これってもしかして空想バス路線図ですか・・・!? 自分で空想地図を作ってみたいとなる発想がすごいですね・・・!
小さい頃って、みんなおままごとしますよね? 大人の世界の疑似体験。あれが僕にとっては地図づくりだっただけです(笑) アンパンマンやレンジャーものより地図が身近だったというか(笑)
ーほ、ほう・・・。そこから、今はどんなお仕事をされてるんですか?
デザインやライティング、ワークショップ等ですが、まとめると「地理情報の編集」です。たまに空想地図制作の依頼もあります。
例えば、空想地図の制作というのは、テレビドラマやゲームの世界の中に、「実在しない街が舞台の地図をつくる」ということです。物語の中での地図はあくまでも小道具のひとつに過ぎませんが、リアリティのある設定づくりに貢献できる大事なツールになっていると思っています。
ー言われてみれば、架空の地図が必要な場面っていろいろありそうですね。
あんまりないんですが、たまにあります。また、個人では、今も更新や修正を重ねている空想都市「中村市」の地図ですが、ここは “理想” の都市ではないんです。実在する都市には、なかなか全てが思うようにはいかない現実がありますよね。そこに面白さがある。「中村市」も同様で、さまざまな問題を抱えている。実在する都市が直面しているようなリアルな問題を反映させています。
幼い頃から今和泉さんがつくり続けているという空想地図。「中村市」という名前は、小学校5年生のときに転入してきた「中村くん」から頂戴したそう(笑)
東京近郊の街を俯瞰して比較した時に見えてきたこと
ー東京の街情報を細かく分析されていると伺ったのですが、どんなことをされてるんですか?
はい。私は今、首都圏や京阪神のいろいろな街の、都市の住み心地や生活感をグループ分けすることをやっています。電車に乗っていると、なんとなく共通して「風景が変わる」瞬間ってあるなあと思い。何がその違いを生み出しているのか分析してみるのは面白いんじゃないかと。
都心のビル街(東京駅周辺)を出発地点とした時に、新宿、日暮里、錦糸町を過ぎると、ビル(会社)が減り、住宅が密集する。そして、三鷹、東大宮、小岩を過ぎると、マンションが減り、余裕ある戸建て住宅と畑が少し増えていくと。
ー確かに。
例えば、東京で家探しをする際には、住む街を選ぶだけでもかなりの選択肢があります。鉄道路線だけでも東京23区で56路線あり、駅の数だとさらにあります。しかし選択肢が多すぎて、多くの人は馴染みのある沿線や知り合いの住んでいる沿線から、家賃、通勤時間で住む場所を決めてしまうことが、意外と多いのです。でもそれって実は、必要な情報が足りていないからなんじゃないかなと。
ー知っている街って限られてますもんね。
また、世の中に出ている不動産情報誌などでは、「ココに住む!」というような特集がたくさん組まれていますよね。それらはだいたい、教育・保育、医療キャパシティ、公園面積、犯罪発生率の観点から市区町村をランキング形式で見せているものが多い。でも、市区町村単位では広すぎるし、ひとり暮らしにとってはあまり重要な情報ではないでしょう。世田谷区を例に挙げてみると、二子玉川も下北沢も三軒茶屋も千歳烏山も全部、世田谷区。「世田谷区がいい!」と言われても、どこの街がいいのかはわからないですよね。
ーふむ。確かに、それぞれの街に個性があるのに、くくりが一緒・・・。
もっと街のリアルな情報はないのかと探してみると、「吉祥寺が人気!」とか「中野がアツい!」というような特集を目にすることができる。でも、吉祥寺や中野、恵比寿、下北沢などといった人気の街の情報はあるんだけれど、そこまで知られていない街の情報ってそんなにないんですよ。「どの街がいい!」なんてことは一概にはとても言いづらくて、ひとり暮らし、カップル、子どものいる家庭など、ライフスタイルや選ぶ人によってちょうどいい街って変わってきますよね。
ーそうですね。
そこで、似た特徴を持っている駅を分類して、こちらの地図をつくってみました。ただ、まだまだ試作段階で、現在試行錯誤中です。これはバスの路線図や本数も考慮して分布図を描いていますので、公共交通手段がどれくらい発達しているのかの目安にもなるはず。
地理人さんが分析した東京近郊の街データを分布した地図。現在はまだ制作途中だが、これを見れば自分のニーズに合った街をひと目で見つけられるようになるという。
ーほぉ〜。同じ色の場所であれば、同じような環境ということなんですね・・・!
はい。まだ詳細はお見せできないのですが、これを見てもらえれば、仮に東京の東エリアから西エリアに引っ越しをするという状況になっても、今住んでいる街と似たような生活感の場所を見つけることができるのではないかと思います。「この街とこの街は似た雰囲気なのか〜」というように、新しい発見もできると思うので、街選びにおいての選択肢も広がるのではないかと。
もう少しだけチラ見せしておくと、こんなふうに、各JR路線ごとに、この駅からこの駅まではこんな雰囲気で、他の線のどこどこ駅周辺に似ている・・・なんてことがわかるようになる予定です。これに加えて沿線ごとの違いも分類できると良いのですが、それは研究中です。
ーおぉ〜! 感覚的にはわかっていたことでも、こうやって可視化されると面白いですね。完成を楽しみにしています。
東京のオンとオフを感じられる場所が、住むにはちょうどいい
ー東京の街を研究する中で、ここは住むのにおすすめだなぁなんて街はありませんでしたか? 東京で街選びをする上でのアドバイスをいただきたいです・・・!
そうですね。どんな街が合っているかは人それぞれ違うと思いますので、今回は、東京のオンとオフのちょうどよさを楽しめる場所という観点でいくつかご紹介したいと思います。
まず、あまりメジャーなイメージのない沿線というのは、住むには都合が良いこともあります。それで言うと、西武新宿線は自転車で少し走ると中央線のにぎやかな街に出ることができる。特に井荻あたりは静かで、緑が多く、ゆっくり暮らせるのでオンとオフを分けて住みたいという人にはいいかもしれません。
自由が丘や二子玉川に出やすい東急大井町線の九品仏、尾山台、等々力あたりも同じことが言えますね。
九品仏の様子。緑がいっぱいで過ごしやすそう・・・!
そして、こちらは等々力。“等々力渓谷” が有名ですね。
また、京王井の頭線の駒場東大前、池ノ上などは都心からかなり近いにもかかわらず、外からはあまり人が来なくて静かに暮らせるエリアです。
このあたりは、わりと近くを走っている東急田園都市線の駅とは少し違って、街にはなっていない。東横線や田園都市線は人が多いので、急行停車駅でなくてもどこの駅もそこそこにぎわっているので「自分だけの街」というよりも「みんなの街」という雰囲気です。
でも、外から人がやってこない駒場東大前、池ノ上などは「自分だけの庭」という感覚を味わえる場所なんじゃないかなと思うんです。
駒場東大前の様子。この写真は大学や公園の写真が中心ですが、ぜひ商店街を歩いてみてください。「自分だけの庭」という感覚、きっとわかっていただけると思います!
ーふむふむ。
また、ライフステージによって重視するものは違いますよね。シングルやカップルだと都心に近くて、オシャレで人気のお店がたくさんあるような場所がいいかもしれないけれど、子どもができると都心の近さやお店よりも、家の広さや住環境、教育環境も見過ごせなくなってきます。人気のエリアでそれら全てを満たそうとすると値段が跳ね上げるので、子どもができると西エリアから相場の低めな東エリアに移り住むという人も結構、多いですよ。
ー東エリアだと電車も混んでいなくて通勤も楽でおすすめ、なんて声も聞きますね。・・・ちなみに地理人さんの好きな街はどこですか?
うーん、そうですねぇ・・・。私は白山や後楽園、あと曙橋とかでしょうか。後楽園のあたりは東でも西でもなく、近くに個性的な街があるプレーンな場所。そもそも人がたくさん集まるような場所があまり好きではないので、静かな街がいいんです。東京の東エリアにも、西エリアにもどちらにも属さず、なおかつどこにでも行きやすい場所というのが、私は落ち着きますね。いつでもフラットな目線で東京を見ていたいんですよ。
ーフラットな目線で東京を見れる街。新しい観点で面白いです!
こちらは、地理人さんおすすめの街のひとつ、曙橋の様子。
ーこうやって、いろいろとお話を伺っていると、暮らす街に求める、“自分にとって譲れないもの” ってなんだろうと考えるきっかけになりますね。
地図が嫌い&苦手な人に、街を見ることの楽しさを知ってほしい
ーそんな地理人さんですが、今後はどのような活動されていく予定なんですか?
私は地図が嫌いな人、地図を読むことが苦手な人にも、地図や街を感じられる、読み解けるような伝え方をしたいんです。そのために行っているのが、デザインであったり、地理情報の編集であったり、執筆業であったりするわけで。今やっているようなことでできることを少しずつ増やしていけたらなと考えています。
ーワークショップなども行っているそうですね?
そうなんです。地図をもとに行き交う人々の暮らしや街の成り立ちについて、多面的な視点で考えてもらうことを狙いとしています。誰もが持っている日常感覚と想像力を引き出すことで、それを手がかりに地図を楽しんでもらいたいなと。
現段階では、地図がつくれるキットを使って空想地図を完成させる「地図をつくるワークショップ」と、見知らぬ街の地図からその街の日常を読み解く「地図を読むワークショップ」という2種類を用意しています。どちらも参加者の方々からは、「地図の見方が変わった」「行ったことのない街なのに、身近に感じた」などといった声をいただいています。
「地図をつくるワークショップ」では商業地域、ビジネス街などの4種のシートと距離感覚がつかめる縮尺シート、道を描くラインテープを使って、自分だけの空想地図をつくることができる。
ーなんだか、東京の街の見方が変わりそうです! 地理人さん、お話を聞かせていただき、ありがとうございました。
みなさんもぜひ、自分がどんな街に惹かれるのか考えてみてはいかがでしょうか。
■取材協力:地理人研究所
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「とらばーゆ」「ゼクシィ」の編集者を経て、フリーに。現在は主に女性誌、住宅やインテリア誌、書籍、Webで暮らしにまつわる記事を執筆中。2013年、購入した中古マンションをリノベーション。趣味はキャンプと食器集め。