突然ですが、みなさんのお家はあたたかいですか?

仕事を終えて家に帰ると、外と変わらないぐらいに部屋が冷えきっていたり、部屋でくつろいでいても、窓からひんやりとした空気が流れてきたり。あるいは、トイレやバスルームが寒いとか、部屋をあたためると顔はほてるけれど手足は冷える、朝、寒くて布団からなかなか出られない、などなど、どうしても住まいが "快適なあたたかい空間" にならない、とお悩みの方は多いのではないでしょうか。

冬の住まいを快適に過ごすには、いったいどうしたらよいのでしょう。

「建築とエネルギー問題は結びついている」という考えのもと、「あたたかくてエコな家」づくりに取り組んでいる建築家、竹内昌義さんに伺いました。

建築家ユニット「みかんぐみ」の共同主宰であり、東北芸術工科大学教授でもある竹内さんは、2009年よりエコハウスの研究を開始。住まいとエネルギーの関わりの深さに着目し、省エネ社会を実現できる住まいづくりに取り組んでいます。

年間1万7000人が "家の寒さ" が原因で救急搬送される国、ニッポン

「冬をあたたかく快適に暮らす」という点において、日本の住宅はどのような現状でしょうか。

まず、「ヒートショック」という言葉は知っていますか? 家の中で気温差が激しいために、寒いところで血圧が上昇し、心臓発作や脳梗塞などを起こす現象です。日本ではなんと、年間で1万7000人もの人がヒートショックで救急搬送されているんです。しかもヒートショックは、1910年頃には夏に多く起こっていたんですが、現代では圧倒的に冬に発生しています。なぜか。家が寒いからです。

—えっ、そんなに倒れているんですか。しかも、昔の家のほうが、冬は今よりもずっと寒かったはず。それだけ今の日本の家は、冬に寒暖の差が激しいということなんですね。

しかも、日本の家は、寒いのを我慢するのが当たり前になっているんです。なぜかというと、日本人のメンタリティの中に「家の作りやうは夏を旨(むね)とすべし。」というのが見事に刷り込まれているから。これ、吉田兼好が徒然草で書いた言葉ですけど、「住まいは夏の快適さを考えて作れ」と。鎌倉時代の人が言ったことをいまもまともに信じていて、だからいまだに気密性も断熱性もない家ばかりなんです。そして、「家は寒くない」という思い込み。だから日本の住宅は本当に断熱性が低い。

一方で国際的な観点から見てみると、昨年、COP21で、世界中で温室効果ガスを削減することが決まりました。その18年前のCOP3で、日本は温室効果ガスの排出量を6%減らそうということになったけれど、減らすどころか逆に4%も増やしてしまいました。実は日本では、消費エネルギーの1/3が建物で消費されているんです。さらに電気に関して言えば、消費電力の70%が住宅に使われているんですよ。

—ええっ! 事業系全体よりも一般家庭で消費する電力のほうがずっと多いなんて。

事業系よりも一般家庭のほうがずっと電気を使っている原因は、「家の燃費の悪さ」にあった

最高峰の省エネ基準である「パッシブハウス」の発祥地であるドイツ。断熱や気密性を高めた家は、ドイツのあちこちで目にするのだそう。

理由は簡単で、産業界では、消費エネルギーを減らすことがそのままダイレクトに利益につながります。さらに工場は太陽光発電にしたりして、徹底的にコスト削減の努力をする。でも住宅の場合、たとえばマンションだったら、オーナーはまず家を建てるときに費用をなるべくかけたくないですよね。そして建ててしまえば光熱費は住まい手が払っていくわけだから、そこのコストはオーナーは払わなくていい。だから断熱にお金をかけるという意識がとても低いんです。ところがヨーロッパだと、集合住宅は全館暖房をすることが大前提で、その光熱費はオーナーの負担です。ドイツなどは「集合住宅に住んでいて、室内の温度が極端に下がって体調が悪くなった」と訴訟を起こされたら、基本的な住宅環境を満たさなかったオーナーが悪い、ということでオーナーが負けるんですよ。断熱性を高めた建物にしないとオーナーが損をするんです。

日本もやっと省エネやCO2削減の観点から、住宅の断熱性を高める基準が法律化されることになりました(2020年施行)。それは断熱材のグラスウールを、天井は20cm、壁は10cm入れましょうね、というものです。わかりやすくするために、この基準を建物1㎡あたりの暖房負荷(キロワットアワー)で数値化してみると、年間で120〜150kwh/㎡という数字になります。この数値が大きくなるほど建物の燃費が悪いということになります。

一方、ドイツでは「パッシブハウス」(※)という基準があって、年間で15 kwh/㎡を満たす家がパッシブハウスと認定されます。日本の約1/10と、ものすごく燃費がいい。この違いをもっとわかりやすく、灯油に換算してみると、100㎡の家に住むとして、パッシブハウスなら年間で18リットルのポリタンク8本あれば、1年間、家中の冷暖房をすべてまかなえることになるんです。日本はその10倍。もうアメ車とプリウスぐらい燃費が違うことになるのに、日本ではこの先、2020年に、やっとアメ車の基準を採用しようとしている。もう、もとからダメでしょう? なのにその低すぎる基準のまずさにすら気づいていないんです(苦笑)。そして、天井や壁の断熱材を厚くしようというと、日本では「そんなに断熱性を上げるの?」とか「それだけ家が狭くなるから嫌だ」って言う。

※ パッシブハウス:パッシブハウスとは、「断熱材や、高性能な窓、熱を逃さない換気システムを導入して、徹底的に熱を逃がさないよう工夫した家」のこと。(一般社団法人パッシブハウス・ジャパン HPより)

パソコンでたくさんの写真やグラフを見せながら説明してくれた竹内さん。日本のエネルギー事情が私たちの住まいといかに深く関わっているかがよくわかりました。

—うーん、なんだかもう、救いようがないような・・・。なんとかならないんでしょうか?

僕は、これから住宅の燃費がそれぞれ表示されるようになれば、状況は相当変わってくると思っています。車だって、リッター何キロ走る、という燃費の値で売れ方はまったく変わってくるじゃないですか。実際、ヨーロッパに行くと、不動産屋さんが「この物件は何キロワットアワーですよ」と説明するんですよ。日本でも、三菱地所のパークハウスが、年間暖房負荷の値を電気代に換算して、1部屋ごとに「この部屋は電気代が年間いくらかかります」と示す取り組みが始まったりしています。これから先、日常会話の中で「おまえんち、何キロワット?」「うち50だから快適だよ」なんていう会話がふつうにできるようになったら、高断熱というものがきちんと産業化できてくるんだろうと思いますね。

我慢しない快適さと少ない光熱費を同時に手に入れられるエコハウス

—竹内さんが高断熱の住まいへの取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょう?

秋田県能代市に、西方里見さんという建築家がいて、その方のアトリエを見せてもらったことが最初のきっかけですね。41坪もの広さがあるのに、暖房はたった1台のファンヒーターの温風を床下に入れているだけ。それだけでも十分暖かかったんです。どうしてだろうと思ったら、西方さんが「断熱材が厚いから。物理的に考えたらできることですよ」と教えてくれた。驚きましたね。

冬には雪も積もる秋田県能代市。木造で開口も大きなアトリエは、一見寒そうに見えますが、136㎡もの広さの室内がファンヒーター1台でぽかぽかなのだそう。

そこからエコハウス(※)の研究が始まり、大学がある山形市でエコハウスを設計しました。この建物は総床面積が184㎡で建物の燃費は38.07kwh/㎡です。バイオマスエネルギーや太陽光発電、太陽熱温水器などを取り付けていますが、そこまでしなくても、天井に30cm、壁20cmの断熱材を入れて、窓をペアガラスかLoe-Eガラス(ペアガラスの中でも遮熱性と断熱性を高めたもの)かトリプルガラスを入れると、家の年間暖房負荷は一般的なエコハウスの基準と言われる50kwh/㎡まで抑えられるんです。

竹内さんが設計した「山形エコハウス」。南側の大きな開口はトリプルサッシを採用、屋根には太陽光パネルと太陽熱温水器を積んでいます。

山形エコハウスの室内。木がふんだんに使われ、とても居心地がよさそう。

地下にはペレットボイラが設置されており、この熱と太陽光温水器を混ぜて全館の暖房と給湯をまかないます。

※エコハウス:地域の気候風土や敷地の条件、住まい方に応じて自然エネルギーが最大限に活かされることと、さらに身近に手に入る地域の材料を使うなど、環境に負担をかけない方法で建てられることがエコハウスの基本となる。(環境省エコハウスモデル事業HPより)

次に生活実例として、東北芸術工科大学で設計した、同僚の家を紹介しましょう。山形市の市街地に建っていますが、木でつくられています。森林資源がたくさんあって、バイオマスを使いながら暮らしている。中央が吹き抜けになっていますが、高さがあっても熱の出入りがないと、上が暖かくて下が冷たいというふうにならないんですよ。僕らは若いころ、「吹き抜けを作るなら床暖房入れないとだめだぞ」って言われたんですけど、ここは床暖房なんか要りません。床と天井と壁の表面温度が一緒になると、足は「この床、あったかい」と感じるんです。

南側は全面開口にして日射を取り入れ、豊富な森林資源は暖炉の薪にも活用しています。ほかに、ガスの給湯による温水パネルも使って室内を暖めています。

中央部には吹き抜けと階段があって天井が高いですが、1階はまるで寒くありません。上部にはハイサイドライトを設けて、冬以外の季節は風通しよく過ごします。夏の湿気対策や涼しさもきちんと考えられています。

このグラフを見てください。2012年2月のある日の外気温と室温の変動を表したものです。青い線が外気温、赤い線が薪ストーブの煙突の表面温度で、薪ストーブは朝と夜だけつけています。外は最低気温が−5℃、日中も2℃ぐらいまでしか上がりませんが、室内は1日を通して20度から25度の間で一定しています。薪ストーブを消しても、温度が急激に下がらず、家のほとんどの部屋がこの温度なんです。ちなみにこの家の光熱費、年間どれぐらいだと思います? 太陽光発電による売電で出た利益と相殺してみると、光熱費がたったの2700円だったんですって。

エコハウスというと、節電して我慢しながら暮らすものっていうイメージを持たれがちだけど、違うんです。全然我慢なんかしていない。要するに建物の器の問題だし技術の問題なんです。