気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の暮らしぶりを「街の先輩」に聞いてみました! 新コーナー「街の先輩に聞く!」、第3段は「松陰神社前」です。
三軒茶屋から路面電車の世田谷線でコトコトと3駅、5分ほどで到着するのが、今回ご紹介する松陰神社前。最近は世田谷線きってのおしゃれタウンとして、雑誌などで頻繁にとりあげられるので、知っている人も多いのでは?
この街はコンパクトな範囲の中に、若者が経営する新しい感覚のお店と、古くからある老舗が共存しています。駅前の商店街を歩くと、住人やお店の人が気軽に声を掛け合っていて、アットホームな雰囲気です。
そんな、松陰神社通りの商店街の一角にある「マルショウ アリク」は、築地から仕入れる新鮮な牡蠣とおばんざいでお酒が飲める居酒屋さん。店の前で野菜を売っていたり、お祭りの際には店先で焼き牡蠣を売ったりなど、居酒屋の枠にとどまらない面白いお店です。今回はこの「マルショウ アリク」の店主、廣岡好和さんに松陰神社についてお話をうかがいました。
「ここなら根を下ろせる」と感じたのが、松陰神社前だった
—お店を持つ前から、ずっと松陰神社前に住んでいたんですね。その頃から、街を盛り上げる活動をしていたとか。
7年ぐらい前、このあたりの同世代の有志で、「商店街を活気づけるために、何かできないか」という話になったんです。飲食店や不動産業を営むメンバーのなかで、僕は住民代表(自称)という立ち位置でした。
当時築地で働いていた廣岡さんは、いつかは自分の店を持とうと思いつつも、まだ「マルショウ アリク」につながる現実的なプランはなかったといいます。当時はいち住人だったにも関わらず、商店街の人に混じって松陰神社前を盛り上げる活動を始めたのは、「この街にずっと住み続けたい」と考えていたから。
自分たちと同じような若い夫婦や、子どもが多い一方で、僕らの親や祖父母の世代も居て、ざっと4世代の人が往来している。松陰神社前は、サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんなど、僕らが慣れ親しんだアニメのような、温かい雰囲気を醸し出している街。ベッドタウンだった地元、千葉を味気なく思っていた自分は、「ここなら根を下ろせる」と感じました。
街の賑わいを取り戻そうとしているメンバーは、ちょうど子どもが生まれたばかりの人が多かったこともあり、みんなで取り組むイベントは “子ども” がテーマ。始めは空き地でバーベキューなどをしていたのが、「STUDY」(洒脱系大衆カフェ兼イベントスペース)や「nostos books」(古書古本)、「どんからり」(からあげ専門店)の店舗も参加し、やがて商店街全体が活性化するように。メディアに取り上げられることも多くなっていきました。
街を盛り上げていくなか、店を出したのは自然な流れだった
—住民代表の気持ちで活動をされていた廣岡さんがお店を出すことになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。
たまたま、物件が空いていたのです。当時この場所にあった花屋さんが店をたたむというので、次の借り手を探していました。そこで大家さんとも顔見知りだった僕に、声がかかったわけです。商店街の仲間の後押しもあって、お店をやることになりました。
—街に後押しされて、お店を始めたんですね。
事前に考えていたプランでは、店を出すのはまだ先だと思っていました。でも、自分たちの手で街を盛り上げようと活動するなかで、自然な流れがあったので、それに乗ったわけです。
築地に務めていた廣岡さんは、今でも築地から直接新鮮な牡蠣や魚介を仕入れています。一度訪れると、その美味しさが忘れられず、常連になるお客さんが多いそう。取材の間も、通りがかりの人が「後で行くからね」「この前はどうも」と顔を出すことが度々あって、この店が地元に愛されていることが分かります。
今は松陰神社前から少し離れた場所に住まいがある廣岡さんですが、お店を構え、商店街の一員として、この場所にしっかりと根付いています。
どんな人も受け入れる、よろず相談所のような店でありたい
—このお店は、お客さんにとってどんな場所なのでしょう。
よろず相談所のような場所かもしれないですね。街の住人も、雑誌やウェブの媒体を見て訪れる人も、お年寄りも赤ちゃんも、みんなを等しく迎え入れる場所です。僕は店に来た人には、何かを得て帰って欲しいと思っています。それは食べることや飲むことに限りません。居酒屋であるとか、牡蠣屋であるとか、そういった枠を越えた存在でありたいんです。
—お店を越えた存在! 確かに、廣岡さんと話しながら、コの字型のカウンターに座っていると、実家に帰ったみたいにくつろぎます。
来た人に自分を解放してもらうために、僕からも積極的に声をかけるようにしています。カウンターに座るメンバーによって、毎日違った雰囲気になるので、お客さん同士も心を開いて、その空気感ごと楽しんで欲しいですね。
—その時にしか味わえない旬の味と、その時お店に居るメンバーでしか生まれない会話。これぞ、お酒を飲む醍醐味です。廣岡さんは、初対面でもすごく真っ直ぐに向かい合ってくれるので、お客さんも、自分を出しやすいでしょうね。
お店にとっては、お客さんひとりひとりが大切。その人が店を出るときには、「ぜひまた来て欲しい」という気持ちでいるし、来ると言っていた人が来ないと、心配になります。外からは街づくりの成功例などと言われますが、お店のリアルは、結局それぞれのお客さんとの、つながりのなかにあるんです。
—松陰神社前は、スタイリッシュな新しさとほっこりとした懐かしさが共存する、不思議な街。温もりが失われないのは、街づくりのムーブメントが、地元の人たちから起こったからかもしれませんね。
商店街が活性化して、この街がずっと残っていくためには、メディアで取りあげられる目新しさだけでなく、人のつながりを作って維持していくことが必要。お店を続けることで、その地道な部分を支えていきたいんです。
ハシゴ酒も楽しい、松陰神社ガイド
さて、松陰神社前エリアの魅力をもっと教えてもらいましょう。
先ほどの、「STUDY」や「nostos books」などの店舗と、空き地を連動させて、「松陰神社通りのみの市」(毎月第一日曜日開催)やワークショップなどを開催しています。
また、築50年のアパートをリノベーションした「松陰PLAT(ぷらっと)」は、不動産業を営む佐藤芳秋君が今年の4月に開業。彼は「せたがやンソン」というウェブ媒体も運営しています。7年前に僕らが街に関わり始めた頃、彼はいろんな店を飲み歩いて、人と人をつなげていましたね。
—商店街のお店の人同士の仲が良いので、ハシゴ酒も楽しそう!
次にこんな店に行きたいと言ってくれれば、希望に合ったお店を紹介しますよ。
—目当てのお店を中心に、この街のことをもっと知れたら嬉しいですね。
今後はお客さんに白地図を配って、地元の人と交流しながらオリジナルの「松蔭神社前地図」をつくってもらうようなことも考えています。今は放っておくと、どんどんコミュニケーションが失われてしまう時代だから、そういう仕掛けも必要ではないでしょうか。
地元のコミュニティがしっかりとしていて、しかも外からの人も快く迎えてくれる。それが松陰神社前の魅力。「マルショウ アリク」で地元の人と仲良くなって、この街の温かさを感じてみてください。
<マルショウアリク>
日本の牡蛎とおばんざ
住所:世田谷区世田谷4-2-12
TEL:03-6432-6880
営業時間:18:00~23:00 定休日:月曜日
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取材・文:蜂谷智子/撮影・編集:cowcamo編集部