cowcamo magazine8月号のテーマは「TOKYO研究」。さまざまな角度から、まだ知らない “東京” の魅力を掘り下げていきたいと思います。初回のテーマは「銭湯」です!


東京は蒲田。下町情緒あふれるディープな街、蒲田に、昭和4年の創業以来「魚のいるお風呂やさん」として地元の人に愛される『改正湯』という温泉銭湯があります。

番頭を務めているのは、毎川直也さん29歳。彼には実は「風呂デューサー」という顔が。きっと多くの方が初めて聞く職種だと思いますが、銭湯、スーパー銭湯、温泉旅館の異なる3つの温泉施設で働いた豊富な経験と、風呂マニアとしての知識を活かして、イベント企画や執筆活動を行っています。

そんな銭湯のプロ毎川さんに、知られざる銭湯の楽しみ方、そして溺愛している銭湯についてお聞きました。

お話を聞かせていただいた毎川さん。笑顔がはち切れんばかり・・・!

お風呂はしがらみを脱ぎ捨て、 “素の自分” になる場所

ー銭湯を究めていらっしゃるとのことですが、いろんな銭湯を体験した末に、今は銭湯の何に一番興味を持っているんですか?

都会の銭湯を起点に、「何もしないことをする」『都市湯治(としとうじ)』というものです。

ーほう。「都市湯治」って初めて聞きました。どういうことですか?

湯治とは、温泉地に長期間滞留した温泉療養のこと。湯治って病気の人やご老人がすることじゃないの? と思いますよね。でも実は忙しい都会人にこそ必要な、さまざまな効果が期待できるんです。

お風呂に入るとリラックスしますが、それには医学的な背景があって。入浴で体が温まることで、血管が広がり、血圧が下がってくる。すると適度にボーッとして、難しいことが考えられなくなるんです。

ーなんと。入浴後に気分が軽くなるのは、汚れを落としてさっぱりするからだと思っていましたが、低血圧になり余計な事柄を考えられなくなるからだったんですね。

そうなんです。以前『風呂上りの一杯を究める会』というイベントをやったのですが、明らかに入浴後の方が、人との距離が近くなることを感じました。心が素に近くなるので、飲み会も盛り上がります。

風呂上りの一杯を究める会の様子。浅草の蛇骨湯で癒された後に、浅草ホッピー横丁でみんなで一杯♪

ーなるほど。そうなると、銭湯でデートもありですね♪

風呂に浸かって心も体も裸になるからこそ、見えてくることがあると思います。僕としては、まずは素の自分と対話して欲しい。そして、身近な人たちとも、まったりとした語り合いを楽しんで欲しいですね。

もちろん恋人と行ってもいいのですが、友人を誘うのもおすすめ。風呂上がりの会話は本質的な話題になることが多いので、仕事のこととか、恋愛のこととか、普段は聞けない相手の本音が出てきますよ。

身も心も癒される湯治を、都市にも広めたい

ー毎川さんは、お風呂に入ることの精神的な効能をすごく大切にされていらっしゃいますが、そういった考えを抱かれたのはいつ頃からでしょうか。

以前半年程、宮城県の「鳴子温泉」で「湯守(温泉の管理人)」の修行をしていた頃ですね。そこは湯治の習慣がまだ残っている温泉で、実際に湯治をしに来たお客さんを見て、目からウロコが落ちました。それまでしていた、スーパー銭湯巡りや温泉旅行などとは全く違う温泉の楽しみ方が湯治にはあります。そして僕は『これぞ温泉本来の使い方だ!』と感動したんです。

鳴子温泉で湯守の修行をしていた頃の様子。

ーレジャーの目的で訪れる温泉旅行とは、何が違うんですか。

湯治は風呂に入ることもさることながら、ゆったりとした滞在時間そのものが重要。何にも束縛されない、自由な時間を過ごすことで、心も体も癒されます。

ー確かに、温泉旅行に行くと、ついつい予定を詰め込んでしまいがち。スーパー銭湯でも、「お風呂に浸かったら次はサウナに入って、マッサージをしてもらって〜」と、満喫しようと必死になってしまうことも。湯治の場合は、ゆっくりすること自体が目的なんですね。

そうなんです。ただお風呂に入るだけではない、「湯治」の楽しみ方を、都市にも持ち込みたい。そんな考えのもとに、僕は『都市湯治』を提案しています。実はこの言葉は商標登録もしていて、風呂デューサーとして今後一番力を入れて行きたい分野なんです。

ーへ〜。「都市湯治」、やってみたいです!

お風呂を中心とした時間をゆったりと楽しむ提案は、毎川さんが先ほどお話しされていた、お風呂が人を素にすることともつながりますね。日頃縛られている予定やしがらみを脱ぎ捨ててお湯に浸かり、自由に過ごすことで身も心も癒される。慌ただしい都会に暮らす人こそ、そういった時間が必要なのかもしれません。

さっそく「都市湯治」を始めよう

ーとはいえ、のんびり下手な都会人は、いきなり「何にも束縛されない、自由な時間」を過ごすのは難しいかも? 毎川さん、「都市湯治」の具体的なノウハウを教えてください!

気負わずに、好きなことをすればいいと思いますよ。でも参考までに、僕なりの『都市湯治』の楽しみ方を4つのポーズでお伝えしましょう。

1、時間には余裕を持つこと

例えば、温泉旅行には1泊で行く人も多いと思うのですが、そこを2泊3日で行くと、格段にのんびりできて、癒し効果が高まります。銭湯でも、普段よりもたっぷりと時間を取って予定を決めずに楽しんでみましょう。

2、お風呂の個性を発見しよう

銭湯でも温泉でも、それぞれ個性があります。「破風(はふ:屋根に施された装飾)」、「懸魚(げぎょ:破風に施された装飾)」などの外観も違いますし、お湯の温度や質も違います。それぞれのお風呂の個性を感じ取ることができると、外風呂が一層楽しくなりますよ。

3、街の素顔を楽しもう

銭湯があるのは、庶民の生活の場。そこを訪れることで普段着の街を見ることができます。住人が普段食べているものを、食べたりするのもいいですね。僕の職場「改正湯」がある蒲田は羽根つき餃子が有名なので、風呂上がりは餃子がベストマッチです。

4、できれば身近な人を誘って

もちろんひとりでもよいのですが、友達や恋人、家族などを誘って「湯治」をしてみて欲しいです。ただ一緒に風呂に入ってのんびりとするだけで、普段の生活とも、アッパーなレジャーとも違った相手の姿が見えると思いますよ。

ーなるほど〜。「都市湯治」を楽しむためのポイントを伝授していただき、ありがとうございます! ところで毎川さんのポーズは何を表現しているんですか・・・。

これは僕が好きな漫画、『ジョジョの奇妙な冒険』(作:荒木飛呂彦)に登場する有名なポーズです。前に友達にやってみせたら、すごく喜ばれたので、練習しました(笑) 全裸でやると体のラインが映えて、一層芸術的になりますよ!

ーそうなんですね!(笑) 何をするのではなくても、ポーズひとつでその場をエンジョイできそうです(お風呂で真似するときは、滑ったりしないように気をつけてくださいね)。

風呂デューサーがピックした、溺愛銭湯とは?

ー毎川さんは風呂デューサーとしてさまざまな銭湯を訪れていらっしゃると思いますが、お気に入りの銭湯はありますか?

世の中には実に多様な銭湯があり、好みもあると思うので一概には言えないのですが、僕のお気に入りの銭湯を挙げるとすると、やはり手前味噌ですが、まずは僕が番頭として働く『改正湯』ですね。

ーへ〜。どういった点が特別なのでしょうか。

そうですね、僕の思いがこもっているところですかね!(笑) 例えば、改正湯は「黒湯(くろゆ:黒い色の源泉が入ったお湯。黒い色素は土壌埋没した古代植物起源のフミン酸。殺菌効果が高い)」の炭酸泉がウリのひとつなんですが、浴槽の淵に黒い色がこびりつきやすく、落とすのにとても苦労するんです。

でも、気持ち良く銭湯に入って欲しいというこだわりのもと、浴槽を隅々までキレイにするようにしています。

黒湯、実際に見てみるとなかなかのインパクト!

ーなるほど。確かに、こうやってお風呂を拝見すると、どこもかしこもピカピカに磨き込まれていて、美学を感じますね。

あと、社長が四代目なんですが、若くて頭が柔らかいのも魅力です。この場所でヨガなどのイベントをやったり、撮影に使ってもらったり、銭湯の役割を超えて活用していただいています。

銭湯で営業時間外に撮影場所として提供しているところは貴重で、テレビや雑誌などから多くのオファーが来るんですよ。印象深いのはSAKANAMONというバンドのプロモーションビデオが全編『改正湯』で撮影されたことでしょうか。屋上など、建物全体が使われています。

ーへ〜。PVに使われたりもするんですね・・・!

改正湯以外だと、台東区の『快哉湯(かいさいゆ)』も好きな銭湯です。昭和3年頃の建物が醸し出すレトロな雰囲気にグッときますよ。また、床の磨かれ方など、仕事面でも参考にしたい部分がたくさんあります。

「快哉湯」の様子。レトロな雰囲気がとても素敵。

ー確かに、趣きがあって素敵・・・!

「快哉湯」があるのは、入谷鬼子母神から歩いてすぐの場所。今ではめずらしい木製の柱や梁、サッシなどに味わいがあります。男性のお風呂には涼を呼ぶ坪庭も。昭和初期にタイムトリップした気分になれそうな銭湯です。

あとは、東京ではないのですが、僕が訪れたなかでは、ドイツで入った温泉にもインパクトを受けました。ドイツは温泉療養が普及している国で、温泉街の『バート・クロイツナッハ』の浴場には、温泉やサウナ、そして喉を癒すために塩水の霧が降り注ぐシャワーなど、充実した施設があります。建物もまるでパルテノン神殿のようで、ヨーロッパの湯治文化の奥深さを感じました。

「バート・クロイツナッハ」の外観。まるでパルテノン神殿のよう。

塩気のある霧を人工的につくって吸い込む、伝統的な「ザリーネ」の様子。

ーへ〜。ドイツの温泉、興味深いです!!

古代ローマにはじまる欧州の温泉文化、また中国や台湾などアジア各国にも温泉があります。お風呂を起点にして世界を旅するのも、面白そうです。

大田湯治郷を作りたい!

ーそれでは最後に、風呂デューサーとしての今後の活動予定を教えてください。

『都市湯治』のイベントを開催し、その良さを知っていただきたいです。その延長として、「大田湯治郷」、ゆくゆくは、「京浜湯治郷」と、都会での湯治が当たり前の環境まで成長できたらいいですね。

「都市湯治」のイベントの様子。旅館のようなレトロな建物を貸し切り、1日自由に出入りして、近くの銭湯に行き、好きに寝て、好きに食べて、好きに話す、というコンセプトで開催した。

ーおお。「京浜湯治郷」として、他の銭湯とも連携するということですか。

そうですね、お互いのできる範囲で手を取り合えたらと思っています。内風呂がある人にも、外風呂を使うモチベーションをつくり、間口を広げたいという気持ちは、銭湯に携わる人はみな同じだと思うので。

ー大田区=銭湯の街! そんなふうに認識されたら素敵ですね。

近ごろは銭湯が廃業してしまうというニュースも聞きますが、大きなお風呂で気軽にリラックスできる銭湯は、日本ならではの貴重な場所。お家での入浴とはひと味違う「都市湯治」の世界を体験し、外風呂の新たな魅力を発見したいですね。

東京の銭湯をあちこち巡りながら、東京の魅力を再発見してみてはいかがでしょうか。

■取材協力:改正湯
WEBサイト:http://www.kaiseiyokujou.com/

【住所】東京都大田区西蒲田5丁目10−5 改正ビル(蒲田駅より徒歩7分)
【営業時間】15:00〜24:30
【定休日】金曜日
【料金】大人 460円/中人 180円/小人 80円

毎川直也ブログ「銭湯、温泉探求録 by風呂デューサー」
http://ameblo.jp/offlog