■なぜ、幡ヶ谷に?

さて、「ブルーラグ」と街の関わりに目を向けてみましょう。同店は2020年現在、創業14周年ですが、ここ幡ヶ谷に本店を移したのは10年ほど前のこと。“自転車雑貨屋さん” から進化して、本格的なバイクショップとしてやって行くという、決意表明に近いお引っ越しだったのだそう。

そのいわば門出の舞台に、この街を選んだ理由はいったい何なのでしょうか?

もともとは隣街の初台に出店をしていて、もっとお店を大きくしたいと思っていたんです。ただ当然、家賃のことがありますよね。そりゃ誰だって、原宿とか中目黒とかでやってみたいって思うんですよ。『代々木上原もいいなぁ』とか……

でも、テナントの賃料を見ると『こんなの無理でしょ!』ってなって(笑)。でも、幡ヶ谷のあたりなら、費用を抑えて店を構えられるかもって気づいたんです。

たしかに周辺の地価のデータを調べてみると、例えば「代々木上原」駅前は㎡単価が1,000万円を超えるのに対して、「幡ヶ谷」駅前は560万円前後。驚きの価格差です!

幡ヶ谷付近の地価公示額を地図に表示したもの。参考記事:カウカモNIGHT!! -初台・幡ヶ谷・笹塚編-(地図:© OpenStreetMap contributors

もっと昔は、今ほど情報が気軽に得られなかったじゃないですか。そうすると、東京に来てお店やりたい人も住みたい人も、幡ヶ谷なんて知らないから、なかなか候補に上がらない。だからアクセスがいい割に、ぽっかりと空いていたんじゃないかなと思います。こんなにいい場所なのに、日の目を見てなかったというか。

そんな “穴場感” 溢れる街だった幡ヶ谷も、近年ではおしゃれなショップが続々とオープンし、以前と比べると物件価格も上昇傾向にあるよう。特に盛り上がっているのは、駅の南側・代々木上原方面に続く “西原エリア” です。

■進化していく幡ヶ谷の南エリア

南側にある「西原商店街」の空気は、気取らずおっとり。個人経営のお店が多く、チェーン店のようなギラギラ感がないので、なんだかとっても居心地がいいんです。

そして…… そこかしこにおしゃれショップたちが! 古くからある商店や銭湯の合間合間に、新しい芽が吹き出すようにハイセンスなショップが生まれているのです。

左上・一見するとのんびりとした商店街。新規オープンに向けて工事中のテナントもちらほら。/右上・作家が制作した家具やインテリアを販売する「BULLPEN(ブルペン)」。その右隣にはアートギャラリーの「commune(コミューン)」が。/左下・このエリアで大きな存在となっているカフェ「PADDLERS COFFEE(パドラーズコーヒー)」。/右下・カリスマバイヤーが仕入れたレコードが並ぶ「ELLA Records(エラ レコーズ)」

それを牽引しているのは、街をもっとよくしようと考える若い世代のプレイヤーたち。足利さんによると、町内会を通して丁寧に話し合いを重ね、商店街に少しずつ新たな風を吹き込んでいるといいます。新しいショップができる際も、エリアの発展を阻害したりトーンダウンさせてしまうことが無いようにと、街全体の雰囲気にまで気が配られているのだそう。

そういった若者発信のムーブメントがあったとしても、商店街全体の空気が保守的な場合は実現がなかなか難しいもの。その点、幡ヶ谷は変化に対する姿勢が柔らかく、街の意思として新しい波を積極的に生み出しているように思えます。

長年店舗を営んでシャッターを閉じた方にとっても、お店をそのままにしておくより、若い世代に借りてもらって活気を生み出したほうが、商店街への “恩返し” になるという想いがあるんじゃないでしょうか。この辺をよくするために、“気の利いた人たち” が動いていますよ。

■連鎖する人のつながり

素敵なお店が集まり、街のよさが広く理解されるということは、そのエリアの地価が上がるということでもあります。(正直、上がり過ぎないでほしいという思いはあるものの……)それは、とてもうれしいことだと足利さんは言います。

自分の暮らす街が日々進化してアップデートされていくのを目の当たりにすると、シャッターが多くなっていくより、絶対前向きになれる。新しいチャレンジが生まれていくのを見れるのは、暮らして行く上で、とてもいいことなんじゃないでしょうか。

新陳代謝していく街の中、ニューオープンの飲み屋さんには必ずと言っていいほど足を運んでいるという足利さん。そういった場での新しい出会いに刺激をもらったり、意気投合するうちに、化学反応が生まれてくることもあるのだそう。

実は「ブルーラグ」はバイクショップのみならず、駅前のカフェバー「LUG Hatagaya(ラグ 幡ヶ谷)」を運営する、もうひとつの顔を持っています。

甲州街道沿いに店舗を構えるカフェバー、「ラグ 幡ヶ谷」店内には自転車がディスプレイされていてカッコイイ。足利さんのイチオシはモーニングメニューだそう

「ラグ 幡ヶ谷」も、そもそもは自転車好きのお客さんや周辺に住んでいる気の合うお客さんと意気投合して、 “楽しいことやりたい!” “居心地のいい場所を作りたい!” という思いでスタートさせたのだとか!

ここで暮らしてるし、ここで仕事もしてるから、そういう出会いが多いんです。お酒を飲みに行ったら、パンク修理したお客さんがいたり、僕が犬を載せて自転車で走ってたら、『それが欲しい』ってお店に来てくれたりとか……

自然と化学反応が起こるんです。歩いているだけでも、予想できないようなちょっと嬉しいことが起きますね。

取材中に偶然見かけた、エアーレスタイヤや大きな前カゴを装備したこだわり仕様の自転車。『あれいいな……』と取材陣

最近は特に、街に若い人が増えたと思います。やっぱり単身が多いみたいですね。

若い世代の住人が増えることで自然と生まれた交流が、さらにその街を活き活きとさせていく。記事の冒頭でご紹介したアクセスのよさはもちろんですが、街全体に満ちる上向きなトーンこそが、今の幡ヶ谷の大きな魅力なんですね。

■自転車のある人生の素晴らしさって?

働き方がより自由になったり、混雑を避けたりと様々な理由から、最近では東京のライフスタイルにおける自転車の立ち位置が変化してきているそう。目的地まで電車でも自転車でも行けるくらいの距離感のとき、自転車をチョイスする人が増えているのだとか。

そういえば、物件を見るときは無意識に「〇〇駅徒歩△分!」と電車を基準に考えるクセが付いているような気がします。メインの交通手段を自転車にすると仮定すれば、また違った世界が見えてきそうですよね。

最後に足利さんに、“自転車のある人生の素晴らしさ” についてうかがってみました。

自分の家を起点とした生活の中で、歩いて行ける範囲だけだと狭すぎるし、やっぱり飽きてしまう。でも自転車があると、行動範囲が縦横無尽に広がるんです。電車の乗り継ぎが悪いところも直線で結べたり。

あっそうか。360度どっちにでも進めるから、行動範囲が “線” じゃなくて “面” で広がるって事ですね!

 なんと壮大な、自転車の魅力! 想像以上にスケールの大きな(そして上手い)お話で締めくくっていただき、思わず拍手。きっとこうやって大事なものについて前向きに語り合う中で、先ほど聞いたエリアのパワーや、心地いいノリが生まれてくるんだろうな…… と実感が湧くのでした。

足利さん、本当にありがとうございました。

お年賀として制作・配布したというオリジナルタオル。“創業14年 まごころをこめて” “優良部品で安全運転” のコピーにほっこり

■取材後記

ごめんなさい、幡ヶ谷。あなたのことよく分かっていなかった。普通の街だと思っていたけど、夏の日の君にいきなり恋してしまったなんて。調子がよすぎるでしょうか。

取材中に「西原商店街」を歩けば、新しく開店したばかりのお店や、これから内装工事に取り掛かるぞ! というお店を発見。うかがったお話の通り、この場所が今まさに成長・進化している空気をひしひしと感じました。

何かに凝り固まるのではなく、それぞれが今何をしたら楽しいか、何が求められているだろうかを柔らかく考えることが、街の空気の瑞々しさにつながっているのでしょう。『街を歩くと、予想できないうれしいことが起こる』 ……こんな素敵なフレーズがぽろっと出てきちゃうなんて、幡ヶ谷ライフ、羨ましすぎます。

どこへ向かって行くかは、自分で自由に決めていい。変化を肯定する街「幡ヶ谷」は、まるで乗り心地のいい自転車のように、暮らす人の可能性を大きく広げてくれる街なのかもしれません。


【INFOMATION】
BLUE LUG HATAGAYA

アクセス:渋谷区幡ヶ谷2-32-3(google map
TEL:03-6873-0835
Blog:https://bluelug.com/blog/hatagaya/
Instagram:@bluelug
定休日:水曜日 / 第1・第3火曜日
営業時間:12:00〜20:00

取材・文:小杉 美香 /撮影・編集:小杉 美香・中山宇宴

後編・カウカモ編集長が愛車を大改造!

実はこの日、10年ほど前に購入した「サーリー」に乗って取材に同行していたカウカモ編集長・伊勢谷。その目的は、自転車のメンテナンスと、現在のライフスタイルに合わせたアップデートです。

以下後編では、実際にお店でどのようにパーツを選び、カスタムされていったのかをレポートします!

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