気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第81弾は「方南町」です。
■おかえりなさい、そして、いってらっしゃい
今回の舞台は、杉並区の西端に位置する「方南町」。東京メトロ丸ノ内線分岐線の終着駅であることから、 “おかえりなさいの街” というキャッチコピーを持つローカルタウンです。通りを歩けば、その言葉が示す通りにゆったりと力の抜けた、庶民的な居心地よさを感じられるはず。
ときに、丸ノ内線 “分岐線” という言葉を聞き慣れない方もいらっしゃるかも? 実は丸ノ内線って、「中野坂上」からふたつのルートに分かれているんです。
乗降者数としては圧倒的に「荻窪」行き電車の需要が高いため、丸ノ内線といえば「池袋」〜「荻窪」間がメインルート。同じ丸ノ内線とはいえ、2019年夏のダイヤ改正前までは都心と「方南町」を行き来するためには、途中の「中野坂上」での乗り換えが必須でした。
ちなみに、なぜこういう作りになっているかというと…… 戦中から確保しておいた丸ノ内線の車庫用地が「中野富士見町」にあったものの、いざ戦後に高度経済成長を迎えてみると、都心と西側を結ぶ国鉄中央線(現・JR中央線)の混雑があまりに激しく、その緩和を図るべく丸ノ内線が当初の予定を変更して「荻窪」を目指して掘り進められたからなのだとか。
せっかく用意しておいた「中野富士見町」の用地を活用するべく、「中野新橋」「中野富士見町」そして「方南町」へ向かうルートは “分岐線” として生み出されたのです。
さて、ここまでは前置きです。2019年からは、丸ノ内線の「池袋」〜「方南町」間の直通運転がスタートしました! 時間帯にもよりますが、およそ4、5本に1本の割合で、都心から「方南町」へダイレクトに乗り入れる電車が走るようになったのです。それは同時に、「方南町」が都心直通列車の始発駅になることを意味しました。あぁなんという魅惑的な響きでしょう、始発駅!
今や方南町はおかえりなさいの街だけではなく、“いってらっしゃいの街” でもあるのです。
■都心の隣のローカルな躍動
今回の “街の先輩” は方南町にある手芸用品店「くるみや」の店主、新井清市さん。新井さんは10年以上「方南銀座商店街振興組合」の11代目理事長を務められ、この街の発展を精力的に支えていらっしゃいます。
新井さん:方南町で店を始めたのは、丸ノ内線や環七通りが開通して数年経ったくらいのタイミングでした。ここは都心に近くて交通面で恵まれた場所なのに、もうちょっと行った先の永福町、浜田山、笹塚ほど垢抜けてないっていうのはずっと昔から変わらないんですよね。
その頃の商店街は100以上あるお店のほとんどが個人店で、“お父さんとお母さんがやってる商売” でね、懐かしい雰囲気というか。夕方になるとおかずの匂いがする街並みでした。
1953年から、街にはすでに商店街の原型となる商店会が発足していて、活気あふれる運営を行なっていたのだとか。先代へのリスペクトを語りつつ『自分は先代から跡を継いで、次の世代に伝える役ですから』と、新井理事長。
てっきり、丸ノ内線の直通運転をきっかけに街興しイベントが盛んになったのかと想像していたのですが…… 街の名物である春の「わくわく祭り」や夏の「杉並歌謡祭」は、もう20年以上前から開催されていたのだと聞いてびっくり。なんと「杉並歌謡祭」は、軽トラの荷台にステージを造って始めたカラオケ大会が原型なのだそう。みんなで楽しもうという明るい雰囲気が伝わってきますね!
■直通運転で街は変わった?
それでは、2019年の直通運転開始からは何か変化があったのでしょうか? 新井さんは『駅前に大きなマンションがいくつか建ち、新しくファミリー層が増えた実感がある』と語ります。ちなみにこれは、取材日にお話をうかがった皆さんに共通した感想でした。
新井さん:便利になった反面、ちょっと家賃が上がっちゃってますからね。そこは辛いところです。それから直通になったことで、入ってくるのも楽だけど出ていくのも楽になってしまった。商店街の人たちがみんなね、『このままでいいのかな?』って思ってるんですよ。それぞれが『あの店に残ってほしい』って思ってもらえるような個性や強みを発揮しないと、これから生き残れない気がするんですよね。
■若い世代と切り拓く新局面
もともと商店街が何十年も取り組んできた、お祭り・イベントの歴史にも新たな展開が。
そのひとつが、2019年から始まった毎月末の「日曜まつり」です。家族経営のお店だと日曜休業の場合が多く、せっかくのメインストリートでも週末にシャッターが降りるところもチラホラ。そこで商店街振興組合では、他の地域の飲食店などがその軒先にブースを出店して有効活用できるようなイベントを始めたのです。
そして毎月のイベント運営に欠かすことができないのが、近隣に住む若い世代で結成された「町おこし隊」という組織の活躍だ、と新井さんは続けます。SNSなどの新しい宣伝方法を取り入れたハロウィンイベントでは子どもが想像以上に集まり、うれしい悲鳴だったのだとか。
新井さん:私たち世代だと、メールやSNSってちょっと苦手じゃないですか。でもその町おこし隊が「調整さん(※)」とか使ってボランティアの方を集めてくれたり。ああいうの、すごい便利ですよね!
(※調整さん:無償で使用できるオンラインスケジュール調整ツール)
かくして、新たなサポートを得て大きな変化を迎えた方南銀座商店街。ですがそこには、戸惑いや世代間でのぶつかり合いみたいなモノは無かったのでしょうか?
新井さん:いや、もう任せるところはお任せして。世代によって目線がちょっと違っても、お互い見ているものは一緒だったんですよね…… というか、そんなね、捕まるような(公序良俗に反するような)ことがなければ、それこそ何やってもOKなんですよね、商店街ってのは。本当に。
■お楽しみはまだまだこれから
取材にうかがった2021年春は、ちょうど商店街の中に「駄可笑屋敷(ダガシヤシキ)」がリニューアルオープンしたばかりのタイミング。「駄可笑屋敷」は古い家屋をバリアフリー化したフリースペースで、今後はイベントでの活用も計画中なのだとか。商店街は通学路でもあるので、さっそく学校帰りの子どもたちがやって来てまったりし始めていたのが印象的でした。
新井さん:今後は、方南町にクラフトビール工房を造ろうっていう計画があるんです。振興組合のみんなでビールの勉強をしたりしてるんですよ。この企画は、商店街と福祉施設の方々とNPOが三位一体になって回します。地元の飲食店や酒屋さんにそのビールを卸して、街に潤ってもらうのが目的なんです。
楽しそう! 本当に活気があるというか、元気な商店街ですね。そう伝えると、『元気です、みんな毎日ビール飲んでますから』と笑う新井さん。照れたようにサラッとおっしゃったひと言を取材班は聞き逃しませんでしたよ。
新井さん:愛してるっていうんじゃないですけど…… みんな街が好きなんですよね。