■どんな人も。どんなときも。
お店の掲げるコンセプトは「どんな人にも自由なくつろぎ」。それは老若男女という意味だけではなく、メディアやビジネスが一部のイメージを切り取って生み出した “○○属性” で括りきれない、すべての人に……という意味で使われています。
田中さん:例えば「30代女性のためのカフェ」って言われたってねえ。じゃあ「おっさんみたいな気分のときの30代女性」はどこに行けばいいんだ⁉︎ って(笑)
目指すのは、どんな人であっても、どんなモードのときであっても来られる場所。店構えやインテリアのひとつひとつから、老若男女誰が居ても違和感がない心遣いを感じます。
そしてもうひとつ。このお店を街にとって特別な場所たらしめている大きな特徴があります。それは、レンタルスペースとして使えることなんです。
田中さん:「森下」は丸の内や銀座にママチャリで行けるような距離なので、このあたりの方って最先端のものに触れてるんですよね。それでいて『あそこが格安』とか、そういうことも知ってる。めちゃくちゃレベルが高くて手強いお客さんたちだからこそ、「もっと安くてもっとおしゃれに……」みたいな世界じゃなくて、新しい価値を提供しなくちゃ魅了できないなって思ったんです。
「喫茶ランドリー」が導き出した答えは、お客さんに“消費者” ではなく “使い手” になってもらう、というものでした。誰もが心の奥に持っている『こんなことできたらいいな』を実現するための、道具のような空間でありたい。お店のそんなあり方を、田中さんは “私設公民館” と表現されています。
■あんなこといいな、できたらいいな
かくして「喫茶ランドリー」では、日々バラエティ豊かなイベントが開催されています。ママさんたちによるパンづくりの会や、大家族の新年会、音楽ライブなどなど、その数はなんとオープン1年目だけで200件以上にのぼったのだとか! 「グランドレベル」のリサーチャー兼ディレクター・大西さんが持ってきてくださったアルバムには、大小さまざまな活動、そして街の人たちの笑顔が溢れていました。
大西さん:皆さん思い思いにこの空間を読み取って、いろんな使い方を思いついてくれるんです。編み物の集まりをやっているおばあちゃんは『これ、スタバじゃできないのよ〜』って喜んでくれていましたね。
なるほど〜、と相槌を打ちながらふと疑問が。編み物の会は、なぜ公民館を使わないのでしょう? 本来、こういう地域の人同士の趣味の共有や集まりのために、公民館や区民センターがあるのでは?
……けど、ちょっとまわりを見渡せば、理屈抜きで納得です。公共施設特有の超プレーンな一室に集まって編み物するのもいいけど、この場所でやったら、何だかもっと楽しそうな予感がする。欲しいのは利用規則に縛られないユルさと、心地いいざわめき。さらに、連鎖していく出会いなのではないでしょうか。人はなんとなくそれが分かっているから、敢えてここにさりげなく集まるのかもしれません。
■下町情緒の核心
ところで「喫茶ランドリー」には、接客マニュアルが存在しません。田中さんはオーナーとして『不公平な店だと言われることを恐れないでほしい』と、スタッフさんに伝えていると言います。店員さん/お客さんという顔の見えない偶像同士ではなく、目の前にいる人と向き合い、都度ベストだと思う声の掛け方をするのが “喫ラ流” です。
田中さん:そうじゃないと、人間がやってる意味のあるサービスにならない。
思うんですけど、“下町らしいコミュニケーション” って、表面的ではない人間と人間のお付き合いができてるってことなんじゃないかな。いろんな面を受け止めあって、泣いたり笑ったりしても、付き合い続けられる感じでありたいんです。
相手を属性や肩書きでカテゴライズしない素朴なコミュニケーションを意識することで、名前は知らないまま挨拶を交わすようになった顔見知りや、よくお喋りするけど、何してるかは知らないいつもの人……そんな気取らない関係が育まれているのだそう。いくつも実例を挙げてくださる田中さん、大西さんは、ふたりとも柔らかい笑顔です。
田中さん:表だった下町情緒があるってほどではないけど、この街にはやっぱりそういう気質が根付いているんだって感じますね。うちが、パジャマにちょっと羽織ったくらいで来れちゃう感じの店だからかもしれませんけど……(笑)
昔は多分もっとこういう場所があったから、放っておいても街にひと気があぶり出されていたんでしょうね。だけど、もう井戸端会議できる “井戸” はない。今はそれを意識してつくらなきゃいけない時代だと思うんです。
オープン当初は考えになかったことだそうですが、いつしか、ちょっとした地域の見守り的役割も持つようになった「喫茶ランドリー」。地域包括ケアなどのサービスに携わる人たちに注目され、全国から視察団が訪れることも少なくないそうです。
■「森下」はいま岐路に立つ
ここでおふたりに、まちづくりのプロの目線で見る「森下」のこれからを尋ねてみましょう。田中さんは丁寧に言葉を探しながら、実感を語ってくれました。
田中さん:長い目で見ると……このままだとすべてがマンションになる道を辿っていくように思えてハラハラします。この街が本当にいい意味で時を経ていくためには、やっぱり数字じゃない魅力がもっと生み出されなくちゃならない。でも建物の1階に居場所になるスペースが残されていないと、街にひと気があぶり出た状態はつくれません。
大西さん:とはいえ「森下」駅周辺には、魅力的なお店が確実に増えてきているんですよ。“清澄” のほうから来た波でしょうね。住んでいる人の実感としてはすごく楽しいと思う。まあその一方で、この辺にあったお弁当屋さんも、裏の銭湯も、マンションになり……本当にせめぎ合いですね。
街から人の姿が見えなくなる現象は、「森下」だけではなく世界中で起こっていると田中さんは語ります。『1階は店舗にするべし』『ガラス面を◯%確保すべし』などと明確にルール化されている都市もあるのだそうです。
田中さん:もちろん、マンションが悪いって言いたいわけじゃないんです。私が業者だったとしても、ルールや経済的メリットがないなら1階を豊かにしようだなんて思いませんし。だから行政サイドに、もうちょっとリードしないとひと気のない街になっちゃいますよー! って提言していくしかないと思うんですよね。
■無機能都市の悦び
お話上手なおふたりにインタビューしていると、あっという間に結構な時間が経過。ひと段落して息をついたとき、その場には自然と『ちょっと疲れちゃいましたよね〜(笑)』『ね〜』というユルい共感が生まれていました。あぁ、これも場所の力なのかも……? 語り手、聞き手ともに何となくリラックスした姿勢で椅子に座り直しながら、最後に話題になったのは「森下」の力みのなさでした。
田中さん:やっぱり東側のよさですよね、それって。喫茶店でネクタイを緩めて一服したり、それを『ああ、この人は今日1日西で頑張ってきたんだなぁ』って見守ったり。ちょっとたるんだ姿を許容しあって生きている感じがいいところだなってすごく思ってます。
東側って言っても「蔵前」とか「清澄白河」みたいにおしゃれな西側的文化が入ってくると、ちょっとだらけにくくなるんですけど……「森下」はまだまだイケます!
確かに東京の東側って肩肘張らないスローな空気が漂っているように感じます。そのユルくてやさしい温度感を汲み取って、増幅させているのが「喫茶ランドリー」なのかもしれませんね。
おしゃれであるとか楽しいだとか、街があるキャラクターを意識して戦略的に発展していくのは、ビジネスとしては好ましいけれど、それによって街自体がひとつの “機能” に過ぎなくなってしまうのではないか、と田中さんは言います。
田中さん:人間ってやっぱり、機能だけで何かを選んだり、付き合ったりするわけじゃないですよね。「速く走れるから友達」ではないように(笑) そこに「森下」みたいな街の可能性があると思うんですよ。街に強いアイデンティティーがないからこそ、流れに合わせずに生きられる。そういう “無機能都市” ならではの自由さは魅力なんじゃないかな。
「森下」のスローな感じが続いて欲しいから、実はちょっと、人に教えたくないような気持ちもあります……そうやって笑顔でお話を締めくくっていただきました。田中さん、大西さん、ありがとうございました!
■“ドーナツ” の真ん中にある井戸
街全体を俯瞰すれば、まだ「喫茶ランドリー」はひと気の薄いマンション街にポツンと佇む “井戸” 。でも店内で自由にくつろぎ交流している人たちを見ると、お話にあったような、ユルさを受け止める心地いいコミュニティの存在を感じることができました。今後もし、地域の人の潜在願望を引き出すこんな居場所が増えていけば、「森下」の幸福度はダイナミックに上がりそう。なんといっても便利な場所ですし、ひと気の水脈は確実に走っています。
インタビューでは誠実に、今後のリアルな見通しも語っていただきました。街がこれからどうなっていくか、今はまさにせめぎあいの最中とのこと……気になります。何年か後に、必ずや「森下」を再訪しようと心に決めました。いや! 正直に言えば、来週にでも「喫茶ランドリー」に遊びに行きたいです。
隅田川のそばの街「森下」には、一度知ったら素通りできない魅力が湧き出ているのでした。
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【INFOMATION】
店名:喫茶ランドリー 森下・両国
アクセス:東京都墨田区千歳2-6-9 イマケンビル1階 (google map)
営業時間:11:00〜18:00
定休日:月曜日
取材・撮影:小杉 美香 / 撮影・編集:本多 隼人