気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第72弾は「茗荷谷」です。
■文化と歴史の薫り高い街
やって来ました、今回の舞台は “茗荷谷”。街に降り立ってまず最初に感じたのは『学生さんが多い!』ということ。時間帯もあるとは思いますが、駅前では様々な制服姿の学生さんたちがおしゃべりしながら行き交っていました。
文京区に所在する “茗荷谷” エリアは、教育施設が集まる街。地図アプリで見てみると、とにかく周辺に「文」のマークが多い事に気が付かれると思います。
その歴史を紐解けば、江戸時代に文京区の大半を占めていた「武家地」の存在が浮かび上がります。明治時代が幕を開け、近代国家建設のために教育に力を入れた新政府は、あちこちにあった広大な武家屋敷跡を接収し、大学などの教育機関に転用したのです。
やがて名だたる文人たちもこぞって文京区に居を構えるようになり、この ”茗荷谷” エリアにも石川啄木や安部公房、「金田一耕助」シリーズを書いた横溝正史などの旧邸がありました。現代にもその足跡は残されていて、特にマンションマニアにとっては、文化人の社交の場となった「川口アパートメント」が知られた存在です。
■ミョウガの消えた “茗荷谷”
実は「茗荷谷」とは駅名で、正しい町名は「文京区小日向」。駅名は旧町名の茗荷谷町からきていますが、その由来は、江戸時代に茗荷がたくさん採れたから、と言われています(そのまんま!)。
暮らし目線で見れば、「池袋」駅まで丸ノ内線でたった2駅・乗車時間約5分と交通の便は文句ナシ。それでいて治安がいいというのもポイントです。犯罪発生件数を示すこちらの地図からは、比較的治安のいいブルーのエリアが茗荷谷を中心に広がっていることがわかります。
”茗荷谷” エリアは、教育熱心なファミリーさんが多く住む住宅地としても知られています。駅前を走る「春日通り」から一歩横道に入ると、派手派手しい看板やコンビニもなく、とても穏やかな風景が。
さて、住宅街の細い道を進んで、目的地へ向かいましょう。
■朝いちばんにフルフルのお豆腐を
今回、お話をうかがう街の先輩は「小林久間吉(こばやしくまきち)豆腐店」4代目店主の小林秀一さん。100年以上地域に愛される老舗の豆腐店を営みながら、なんとボクシングのウェルター級元日本チャンピオンになったという異色の経歴をお持ちです!
小林さんの朝は『かなり早い』そう。12時~1時には起きて仕事を開始(それって、もはや夜では……?)。機械を丁寧に洗浄して、数種類ある豆腐や揚げ物を準備していきます。
開店直後の6~7時には、ご近所の方々が朝食用の豆腐を求めてたくさん来店されるのだとか。皆さん、毎朝できたてのお豆腐を食べられるなんて、豊かすぎます!
■少年は挑戦者にしびれる
ところで皆さま…… “ボクシングのチャンピオン” というポイント、気になりますよね!
聞けば、きっかけは高校生の時に何気なくテレビで見たレパード玉熊選手がチャンピオンに挑む試合だったのだとか。海外選手に日本人が挑み、みごと世界王座を勝ち取る姿を目撃した小林少年は、大きな衝撃を受けます。
単純に『うおー、すごい!』って思ったんですよね。ふつうチャンピオンのほうが強いもんじゃないですか、やっぱり。そこに挑戦する玉熊さんの姿にえらい感動して。
それ以来、大のボクシングファンになったという小林さん。そして時は流れ、家業の豆腐店を引き継ぐのとほぼ時を同じくして、憧れのレパード玉熊選手がボクシングジムを開くと知って一念発起! 「レパード玉熊ボクシングジム」に通い始めます。
その翌年にはプロテストに合格し、ついにはウエルター級の日本チャンピオンに! 激しいトレーニングを送る日々の中、もちろん店主としても全力で豆腐づくりとも向き合います。そういえばお豆腐って良質なタンパク源ですし、強い体づくりに適していたのカモ? 妙に納得です。
■茗荷谷の伸びやかな “環境力”
そんな小林さんは、生まれも育ちもここ「茗荷谷」。ということは、目標に向かってまっすぐ進むパワーは、この環境で育まれ、支えられてきたということ。街の雰囲気や魅力について、もう少し探ってみましょう。
“茗荷谷” エリアは教育機関だけでなく、緑が多いのも大きな特徴。文京さくらまつりの会場になっている播磨(はりま)坂をはじめ、300年以上の歴史を持つ「小石川植物園」や、かつて大名庭園だった「占春園」など、都心であることを忘れさせるほど。
取材時に街を歩いていて目についたのは、あちこちに点在する公園で楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿です。冒頭で武家地が教育機関に生まれ変わったと書きましたが、一部は緑豊かな庭園や公園にも転用されたそう。歴史・文化・自然・教育と好条件が揃うとくれば、ファミリーさんに好まれるのもナットク。
学校や公園はすごく多いですね。ここは住宅地なので高い建物は建っていませんし、深夜営業のお店を出してはいけない決まりみたいです。
あと、地域の人がみんな仲良しなような気がするんですよね。町会でお祭りとかやると、やっぱり子どもたちがすごい来ます。子どもは他の街に比べて多いんじゃないでしょうか。
■地域の子どもたちのために
実は「小林久間吉豆腐店」店舗の奥には、2020年の2月に小林さんがオープンした地域の子どもたちが集まれるフリースペース「しゅうちゃんち」が。“こども食堂” としての役割のほか、映画鑑賞会、宇宙のお話会、星を見る会etc…… 子どもたちのための、様々なイベントの場として活躍しています。
……星? 宇宙?
少し、時間をさかのぼりましょう。
プロボクサーとしては、2004年でひと段落がついたという小林さん。豆腐屋の店主として忙しい日々は変わらないものの、それまでより少し時間ができた時、頭に浮かんだのはかつて大学で志していた天文学のことだったそう。
それで、天体望遠鏡をとりあえず作ろうと思って。
いやいやいや! 天体望遠鏡って自分で作れるものなんですか? 驚いて尋ねると、小林さんはにっこり笑顔で答えてくださいました。『やっぱりマニアは、最後は自分で作るんです』
自身も2児の父親である小林さん。望遠鏡の完成後、『星を地域の子どもたちにも見せてあげたい』という思いから、豆腐店の屋上で天体観測会を開くことに。
土星をここで初めて見たっていう子も結構いて、みんな『本当に輪っかがあるんだ!』って。親子で来て、実はお父さんの方が宇宙好きっていうこともよくあるんですよね。
目を輝かせた子どもたちが集まり、以来、月1回程度のペースで観測会が開催(※)されています。夏休み期間などは、子どもたちがやって来るので毎週のように実施しているのだそう。この地域では、天体が好きな子どもが増えそうですね!
※現在は感染拡大防止のため休止中とのこと。
■“街の先輩” の想いは、世代を超えて
現在は年に数回ほど、文京区教育センターの科学教室にて、子どもたちに星の話をする先生を務めているという小林さん。
豆腐店の4代目も、ボクシングのチャンピオンも、宇宙の仕事も。次々に夢を実現させていくその姿は、本当にパワフルで楽しそうです。ですが、茗荷谷の “街の先輩”・小林さんは『ただ、やりたいことをやろうとしているだけ』と、それがとても自然なことのように語ってくださいました。
豊かな自然と学び舎に囲まれた「茗荷谷」は、学びとり、挑戦していく姿勢を応援する街なのかもしれません。そしてその想いは ”先輩たち” の手によって次の世代を担う子どもたちへと引き継がれていくことでしょう。
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【INFOMATION】
小林久間吉豆腐店
住所:東京都文京区小日向3丁目7-3(「茗荷谷」駅から徒歩7分)
TEL:03-3941-2535
営業時間:午前6時~午後7時 (毎週日曜定休)
取材・文・撮影:小杉 美香 / 編集:cowcamo編集部