気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の違いを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第79弾は「蔵前」です。
“東京のブルックリン” 。そんな呼び名を聞いたことはあるでしょうか?
今回の記事でお届けするのは、隅田川沿いの街「蔵前」です! 蔵前が大好きでよく遊びに行く、という方と、名前はよく聞くけど、行ったことはない…… という方に分かれるのではないでしょうか(ちなみに筆者は後者です)。
蔵前が位置するのは東京23区の東側。浅草のすぐ隣と聞くと、昭和の風情を残す町並みや、下町情緒のある空気感が自然と想像できますね。
この辺りは、複数路線が走る駅密集地帯。「蔵前」駅の徒歩15分圏内には、総武線の「浅草橋」駅、東京メトロ銀座線の「田原町」駅、つくばエクスプレスが乗り入れている「新御徒町」駅などがあるほか、山手線の「御徒町」駅も徒歩で20分足らずの距離。
通勤時は目的地によって駅を使い分けられるほか、碁盤の目のように整然と走る道路は自転車でも走りやすいため、ご近所へのアクセスは楽々。フラットで幅の広い歩道はお子さま連れの方も安心! と、環境面では日々の暮らしの快適さに関わるポイントを抑えています。
それでは地形や周辺に位置する街を把握したところで、街の特徴を見ていきましょう!
■“東京のブルックリン” と呼ばれるわけ
さてさて、冒頭に申し上げた “東京のブルックリン” って何なのよ? と言いますと…… 誰が呼んだか、ここ蔵前のキャッチコピーとして定着したフレーズなんです。
「ブルックリン」はアメリカ・ニューヨークのイーストリバー沿いの街。かつては無骨な工業地だったエリアですが、2017年の「世界で最もクールな街」ランキングではなんと1位(※)を獲得!
※世界一のシェアを誇る旅行ガイドブック社・ロンリープラネットによる
街の盛り上がりの背景には、ニューヨークでの活躍を目指した若手アーティストやクリエイターたちが家賃の安さを理由に集まるようになり、結果的に街自体が新しいカルチャーの震源地になったことが理由に挙げられます。
ブルックリンと蔵前との共通点は、ひとつは大きな川沿いの街だということ。隅田川に街明かりが揺れ映っている景色を見ると、確かにイーストリバーの水面にブルックリンの灯がきらめいている夜景とちょっと似ているかも。
そしてもうひとつが、手工業の職人が多く集まる街だということ。かつては一般の消費者は訪れることの少ない問屋街だった蔵前も、近年では昔ながらの職人気質(クラフトマンシップ)が丁寧な暮らしを目指すおしゃれな感性と響きあい、感度の高い人やお店が集まるように。
この点もブルックリンと変遷を同じくするポイントです。後ほど、もう少し詳しく見ていきましょうね。
さて! 今回お話を伺う街の先輩は、蔵前にある「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE(ヌイ ホステル&バーラウンジ)」の運営会社Backpackers’ Japan 代表の藤城昌人(ふじしろまさと)さんと、創業メンバーのひとりである石崎嵩人(いしざきたかひと)さんです。
「Nui.」の1階のラウンジにて、おふたりにアレやコレやと聞かせていただきました!
■中だけど外のような、境界線を越える空間
「Nui.」がこの地にオープンしたのは2012年のこと。蔵前の街を開業場所に選んだのは、入谷にある同社のゲストハウス1号店「toco.」との近さや、成田・羽田両空港へのアクセスのよさ、そしてこの魅力的な物件との出会いがあったからだといいます。
天井高約4.5mの大空間は、元々はおもちゃ会社の倉庫だったのだとか!
石崎:Nui.の大もとのコンセプトとして、“あらゆる境界線を越えて人々が集える場所を” っていうのを掲げていて。国籍・性別・年齢・職業などの肩書き関係なく、その人個人同士で触れ合えるような場所をつくりたいと思っていました。
そのために、『中だけど外にいるような場所を作ろう』と始まったのが「Nui.」です。自然の中で飲んでいると心がオープンになって、みんな勝手に乾杯したり会話が生まれたりしますよね。
一番最初にこの物件のシャッターを開いた時に感じた、抜け感・開放感っていうのを大切に作りました。
藤城:絶対に交流してください! って仕掛けてるわけではないんですけど(笑) なんとなく、隣の人と話してみてもいいなっていう空気は生まれてると思いますね。本当に自然と、話したり乾杯したり……。
石崎:いま常連で来てくれてるお客さんも、最初はおひとりで来てた方がほとんどな気がします。ここで知り合って仲よくなって、今ではここに来ると誰かと一緒に飲める、みたいな場所になってるんじゃないかと。
■ネーミングに込められた想い
「Nui.」の名前は、 “手縫い” から取っているのだとか。それって、何と何を縫い合わせるイメージなんでしょうか? 『やっぱり、人と人を……?』と尋ねてみると、そこには想像以上に真摯な、仕事へ向き合う決意表明のようなものが込められていました。
石崎:ここは機械的に作られた場所じゃなくて、デザイナーさん、大工さんと方向性を毎日話し合って、そのコミュニケーションの重なりで出来た場所なんです。そういう、人と人の関係性のなかで丁寧にものを作っていくやり方を、名前にも、自分たちが運営する上での姿勢にも反映させたくて。
ホステルやゲストハウスって、お客さん同士でも、スタッフとお客さんでも、人同士の関わり方が大事です。だからこそ、機械的な仕事よりも、手仕事のような空気感を大切にしたい。
効率的じゃなくてもいいから、手触りや肌触りっていうものを大切に仕事をしていこうと、そんな思いを込めています。
今後は新たに、“押上・錦糸町エリア” でコーヒー豆の焙煎所をオープンさせる予定だそう。もちろんそのコーヒーはここ、「Nui.」でもいただくことができるんですって!
肌触りのある仕事か……。会話の節々から、「Nui.」が大切にしているクラフツマンシップの精神が感じられます。ここからは蔵前の歴史と、ここ数年のエリア一帯の盛り上がりについて聞いていきましょう!
■問屋街として栄えてきた「蔵前」
「Nui.」が誕生した2012年ごろの蔵前は、今のようにおしゃれなカフェがあるわけではなく、もともとの問屋街の面影を色濃く残していたといいます。靴、鞄、財布などの革細工や貴金属の職人さんが多く、老舗の個人店が軒を並べていました。
石崎:もともとこの辺りの生まれの方に聞いた話ですが…… 小学生の時に、クラスでサラリーマン家庭の子がひとりしかいなかったくらいだって(笑) それくらい本当に、自営業やものづくりの人が多い土地なんでしょうね。
それでいて、新しく入ってくる人たちにも懐深い気がします。僕らはここに来て9年くらいなんですが、この地に長くいる個人店のオーナーさんたちが皆さんよくしてくれて。
コミュニティの狭さやしがらみみたいなものはほとんど感じたことがなく、そこも街のいいところかなと。
職人気質、イコール頑固一徹! なんてイメージを抱きがちですが、実際の街の雰囲気は、変化・進化に対してとても柔軟な様子。「Nui.」のラウンジにも地元のご年配の方が連れ立って訪れていたりと、和やかな時間が流れていました。
そういった空気感が、昔ながらのものと最先端のものが混ざり合う蔵前の面白さにつながっているのかも。
■お気に入りを見つけに訪れる街へ
藤城:オープン以来、エリア一帯にお店はだいぶ増えてきたと思います。チョコレートのダンデライオンさんができたし、倉庫をリノベーションしたカフェや内装デザインにこだわったお店など、お店のあり方が多様になり、そうした影響で若い人も多くなって。
とはいえチェーン店は少ないので、職人的な街の要素はしっかり残っているんです。
それにしても、若い人がわざわざ検索して訪れるようなおしゃれな店が続々とオープンしているのは一体どうしてなんでしょうか? そこには何か、起爆剤のようなものが?
石崎:僕らがオープンするよりも前にこの街でお店を構えている、ちょっと年上の先輩たちがみなさん仲がよくて。それで5〜6年くらい前に、街のために皆で何かやっていこうよって動きが生まれたんですよね。
例えば蔵前に人の流れをつくるように、月イチで何かイベントを仕掛けよう、とか。ほかにも、「御徒町」と「蔵前」を合わせて “カチクラ” という呼び名のエリアにしようという動きがあったり。
そういった人たちが、街や歴史にフォーカスして、エリアを盛り上げるために活動されてきた影響はあると思います。
■暮らす場所としての魅力
さらに、住む場所としての蔵前の魅力についても聞いてみました。藤城さんは「Nui.」の開業以前から10年以上このエリアに住んでいるそうですが、やっぱり見逃せないのはアクセス面での便利さだと語ってくれました。
藤城:空港だけじゃなくて、都心へのアクセスがかなりいいんですよね。都営大江戸線と浅草線が乗り入れているので、縦横に移動ができる。「新宿」駅まで20分くらいですし、「品川」駅、「新橋」駅までも同じくらいの感覚で行けます。
すごく便利だなって日々実感してますよ。「浅草橋」駅まで行けば、JR中央・総武線も使えますしね。
石崎:あとはやっぱり、隅田川っていいと思うんですよね。外にパッと出て、日光浴するみたいに軽く散歩するのって気持ちいいし。そういう場所が近くにあることは大きな魅力なんじゃないかと思います。
藤城:目の前が川だと、何か建物が建つ可能性はすごく低いじゃないですか。そういう抜け感というか、開けた空気がいいなって思いますね。
石崎:海とかもそうかもしれないですけど、絶えず変化していく景色を眺める気持ちよさもあるんじゃないかなって。特に川は、流れていくものだから。文明は川から始まっているし、根源的な居心地のよさが川の近くにはあるのかもしれないですね。
■丁寧につくり、働き、暮らす
最後に、これからの街はどうなっていくのでしょうか? おふたりに予想してみてもらいました。
石崎:蔵前はここ数年でちょっと流行ったというか、メディアに取り上げられたり、地価もきっと上がってきたところだと思うんです。それでもなんていうか、意志のある個人店の存在感からか、 “過剰な発展” はしなかったと思っていて。
この流れのまま、元来の街の雰囲気を保ちつつ、地道にいい店がたくさんできていくといいなあ、と。これは予想というより、この街で仕事をするいち事業者としての願いかもしれません。
丁寧につくられたものは、手から手へと長く受け継がれていくもの。これはカウカモの考える、 “よいものを引き継ぎ、自分のために整えながら大切に暮らす” という住まいの循環にも近いかと思います。
便利さや効率のよさだけではなく、大切なのはひとつひとつの個性に愛着を抱けるかどうか…… なのかも。
街を歩いて実感したのは、昔ながらの丁寧なモノづくりのマインドは、意外なほど現代のおしゃれ精神と親和性が高いということ。背景にあるストーリーを理解した上でお気に入りの物や場所に囲まれ、日々を愛おしむ。
そんな、大量生産の消費文化とは対極にあるハートの “豊かさ” を教えてくれるのが、蔵前の街なのかもしれません。ここに素敵なショップが集まる理由は、一度訪れればきっと、ハラオチするはずです。
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【INFOMATION】
Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE
アクセス:東京都台東区蔵前2-14-13(Google Map)
TEL:03-6240-9854
営業時間:
【カフェタイム】10:00〜17:00(平日)、8:00〜18:00(土日祝)
【バータイム】18:00〜25:00(24:30 L.O)
休み:不定休
取材:小杉美香 / 撮影・編集:清水駿