中古マンションを購入し、楽しくリノベ暮らしをしているお宅へ訪問インタビューさせていただく「リノベ暮らしの先輩に聞く!」。

今回は、ユニークな収納のアイデアで、広い居住空間とデザインを生み出した建築士夫婦の住まいを訪れました。


近くに運河がゆったりと流れる江東区の住宅地。中層の建物が何棟も連なる、築39年(取材時)になる大規模マンションの一室を訪れた。

LDKは約24.2帖という広さ。窓の外にはマンション中庭に植えられた豊かな緑が見える

裕大さん:この家は、“帯収納” がテーマなんです。

そう語ってくれたのは、建築関係の会社で設計の仕事をされている田中裕大さん。奥さまの彩湖さんも建築士で、戸建住宅の設計経験もあるそう。

この住まいは、ご夫婦ふたりで設計した “作品” だ。職場へのアクセスに便利な立地に建つ中古マンション物件を購入し、フルリノベーションを施した。その最大の特徴となっているのが、デザインと実用性を両立させる “帯収納” だ。

右手の裕大さんが腰掛けているのが “帯収納” 。引き出し式になっており、居住空間をぐるりと取り囲むように配置されている

裕大さん:ウォークインクローゼット(WIC)のように、一箇所に収納を “塊” のように設けてしまうと、どうしても居住空間が狭くなってしまいます。この家では、できる限り広々とした空間を確保したかったので、“塊” を帯状に引き伸ばすようにして、壁際に配置しました。

目線よりも低い高さで収納を造作したことで、有効に使えるスペースを拡大。その結果、74.55㎡の専有面積に対し24.2帖もの広々としたLDKが実現した。色や木目に統一感を出すために、収納の表面に使われる突板(※)は、裕大さん自らが加工工場へ赴き、使用する木材を吟味したという。

(※突板:木目の美しい木材を薄くスライスしたもので、家具などの表面に仕上げ材として貼り付けられる。芯材に突板を貼ったものを練り付け材と呼ぶ)

造作収納の木目は、全体の色に統一性をもたせ、同じような木目が繰り返される “パターン化” を避けるように使用する木材を厳選

その発想の源泉は、以前の賃貸の住まいで感じていた、オープン収納の難しさだ。長い廊下にオープンな棚を置いて “見せる収納” を実践していたというが、モノが増えていくと、“見せる収納” ではどうしても綺麗にしまうことにテクニックを要してしまう。

裕大さんは『持ち物が多い上に、片付けるのが苦手なんです』というが、この “帯収納” なら収納場所を区分して便利に使えるため、整頓が上手くいっているという。

彩湖さんも、バルコニーに面した収納の一部分をメイクスペースとして活用。こまごましたメイク用品を収納からそのまま天板に出し入れして使えるので重宝しているそうだ。

バルコニーに出入りしやすいように写真右手の一部には収納を設けていないが、床に収納と同じ木の造作を施して連続性をもたせている。左手の収納の一部は彩湖さんのメイクスペースだそう

■視覚的なつながりを生む “庇(ひさし)”

田中邸のもうひとつの工夫が、収納の上部に設けた照明付きの “庇” だ。

LDKの壁面上部にスッと走る庇。見えない位置に電球色のラインLEDを仕込んで、広い範囲を照らす間接照明としている

少し築年数の経ったRC造の建物では、天井に存在感のある梁がよく見られる。リノベーションの設計では、その存在感を活かして「梁を堺にリビングとダイニングに分ける」といった手法が用いられてきた。

ただし、田中邸の大きなコンセプトである「広く連続した空間」の実現にあたっては、梁の存在感を無くすことが必要だった。そこで考えられたのが、関節照明を仕込んだ長い “庇” によって空間に連続性をもたせるというアイデアだ。

隣接する書斎からキッチンを眺めたところ

さらにユニークなのは、その庇がLDKと隣接する書斎にまで伸びていること。書斎側からガラスの小窓越しにLDKを見れば、視線がスッと緑豊かな窓へ導かれる。

裕大さん:ここの住戸に決めた理由のひとつが、窓の外いっぱいに緑が広がっていることなんです。書斎で仕事をしていて、息抜きのときに緑が見えるようにするのは、設計上こだわった点のひとつです。

庇の一部は、飾り棚としても活用

住空間全体を見渡しても、芯のあるコンセプトをもとにした設計がうかがえるが、検討段階ではご夫婦で意見がぶつかり合うこともあったのだとか。

ご主人の裕大さんは、仕事では商業施設など大型の建築プロジェクトに携わることが多く、コンセプトづくりが得意。一方、戸建てなどの設計経験を持つ奥様は、実用性や収まりを重視したという。彩湖さんが振り返る。

彩湖さんこの家のコンセプトを活かしながら、どうすれば使い勝手のいいキッチンを作れるかなどは結構悩みましたね。

キッチンの設計は彩湖さんが担当。帯収納や庇の伸びやかさが損なわれないよう、収納を最低限にした

彩湖さんキッチンには使い勝手を考えてトールキャビネットや吊り棚を設けることもありますが、書斎に伸びる庇のつながりを絶ってしまわないように、高さを抑えた食器棚にしました。調理台側は工務店施工、食器棚側は家具屋施工ですが、同じ材木屋の突板を使用してもらう事で素材の統一感を出しています。

“帯収納” と、“庇”。聞けば、このふたつのコンセプトは物件が決まってから考えたものだそう。購入時、実はこの住戸はすでにリノベーション済みだったのだが、自分たちで設計した家に住むことが購入動機のひとつだったため、水まわりなど一部を除いて全面的に内装をやり直したという。

■中古×リノベーションは建築士向き

以前は1LDKの賃貸で暮らしていたという田中さんご夫婦。狭くて将来の子育てに向かなかったことや、まとまった資金が集まったタイミングだったことで、住宅購入を検討し始めた。

愛用のダイニングテーブルは、ヴィンテージ家具を扱うショップで見つけたもの。ミニマルな照明も美しい

裕大さん:当初は新築の戸建てという選択肢もあったんですが、通勤の利便性がいい場所に土地を買って理想の家を建てるとなると予算オーバーでした。

一生モノとして戸建てを建てることのハードルの高さを感じた田中さんご夫婦だが、様々と検討をする中で、カウカモセミナーに参加。そこで住み替えを前提に中古マンションを購入し、内装を好きなようにリノベーションする方法を知ったという。

リビング側にはあえてソファをおかず、寝転がってリラックスできるスペースに。プロジェクターを壁面に投写して大画面を楽しめる仕様だ

裕大さん:ヤドカリみたいに、いずれ売却して移り住むことを前提に中古マンションを買うのは、終の棲家として一軒家を建てるよりも合理的だし、ハードルが低いと思いました。

加えて、建築士ならではのメリットもあるという。建築士にとって自らの作品を世に生み出すことは、キャリア的に大きな意味を持つ。通常のクライアントワークでは実現しにくいような独自のコンセプトも、自分がクライアントになってしまえば果たすことができる。

裕大さん:移り住むたびに作品を増やせるので、設計士にとってはすごくいい方法だと思います。もちろん、売却のしやすい物件を選ぶことや、リノベにお金を掛けすぎないことも大切ですけどね(笑)

■収納問題の解決法が、家での過ごし方をも変えた

ふたりで造り上げた、自分たちらしい “作品” でもある住まい。おふたりに家でのお気に入りの時間や過ごし方聞いた。

キッチンの腰壁は高めに立ち上げられていて、調理用品などが見えにくい仕様。対面には彩湖さんのワークスペースが

裕大さん:朝、目覚めたときに部屋に差し込む光を、いつも『いいなぁ』って思っています。あとは、仕事から帰ってLDKに寝っ転がりながらプロジェクターで映画を見るのは格別の時間ですね。

彩湖さん私はキッチンの向かいに造ったカウンターで仕事をすることが多いのですが、バルコニーを見たら窓いっぱいの緑があって、癒やされるところが好きです。

どの住まいにも必要不可欠な「収納」という要素を建築的な手法で分解し、再構築することで生まれたメリットが「好きな過ごし方」を醸成した “帯収納” の家。

田中邸は、時にはWICやクローゼットという既成概念にとらわれない家づくりも必要だということを教えてくれる。

ーーーーー物件概要ーーーーー 
〈所在地〉東京都江東区
〈居住者構成〉ご夫婦
〈間取り〉2LDK + WIC
〈面積〉74.55㎡
〈築年〉築39年(取材時)

ーーーーー設計ーーーーー 
〈設計者〉StudioAteles 代表:田中 裕大
〈問い合わせ先〉twitter:https://twitter.com/omom398