気になるあの街はどんな街だろう。その街で活動するからこそ知り得る、街の変化の兆しや、行き交う人々の暮らしぶりを「街の先輩」に聞いてみました! 「街の先輩に聞く!」、 第22弾は「大井町」です。
駅周辺に、アトレ、イトーヨーカドー、ヤマダ電機、阪急大井町ガーデンという大規模な商業施設が立ち並び、近くにはオフィスビル、大井町線沿いに数分歩くと品川区役所がある大井町。そんな、どこか地方都市のような雰囲気を持つ大井町のメイン通りから外れたところにあるのが、小さな飲食店が密集する東小路飲食店街と平和小路。この戦後の闇市から生まれた “裏” 大井町にこそ、この街の真の姿があるのです。
■歴史を語る飲食店街
大井町駅から第一京浜方面に向かうと2つの有名な坂があります。その2つ、仙台坂の名前は、江戸時代ここに仙台伊達藩の下屋敷があったことに由来し、今でも当時から仙台味噌を作っていた味噌蔵が残っています。もう1つのゼームス坂は、幕末から明治時代にこの地に暮らした英国人のJ.M.ゼームズが由来。ゼームズは急だった浅間坂を私財を投じてなだらかにし、その名がつきました。
その後、明治時代に国鉄の信号場ができ、大正3年には大井町駅が誕生、昭和2年には目黒蒲田電鉄(現在の東急大井町線)が開通し、商業地として栄えるようになりました。
しかし、昭和20年の空襲で一面焼け野原になり、戦後には駅周辺一帯が闇市に。大井町は、それを再整備することで発展してきました。その発展の一方で、今も戦後の闇市の雰囲気を残しているのが、東小路飲食店街と平和小路です。
■街を象徴する人
東小路飲食店街は、夜は猥雑な雰囲気の歓楽街。昼間はひっそり・・・と思いきや、立ち飲み屋で昼から飲んでいるおじさんの姿が。
大井町はアウトローの街なんだよ。
こう話すのは、大井町の名所のひとつ、洋食屋ブルドックの店主鈴木謙さん。取材に訪れた私たちに手品を披露し、「これが大井町なんだよ」と出迎えてくれました。続いて、オムライスにメンチカツ、ハンバーグといった名物料理を次々と出してくれる鈴木さん。
床は傾き、椅子には穴が開き、お店はアウトローというよりはくたびれた感じですが、料理は昔ながらの洋食屋の安心できる味で、格安かつボリューム満点。
いい店っていうのは、多少変だろうがなんだろうが、お客さんが得したって思える店だよ。牛丼屋の300円だって偉いよ、それでお客さんが喜ぶんだから。
お客さんが得をしたと思えるように手品まで披露する。“多少変だろうが” 周囲の評価に左右されないサービスを提供する鈴木さんの商売哲学はどうやって培われてきたのでしょうか。若い頃にプログレのバンドをやっていてサザンにコンテストで負けた話、好きな映画「ファントム・オブ・オペラ」の話、今書いている本の構想、次々と出てくる鈴木さんの話の中に、そのヒントがありました。
沢木耕太郎の本は、チャンピオンじゃなくて負けた方に焦点を当てるんだ。長嶋茂雄と同じ時に巨人にいた他の三塁手を書いた話なんて面白いよね。
『敗れざる者たち』の中で、沢木さんは敗者の生き方を勝者のそれと等しく描きます。世間的な評価において負けた人たちの物語に共感する鈴木さんもまた、沢木さんと同じように世間の評価とは別の、自分だけの評価スケールを持つ人のようです。
「考えるために生きている」と話す鈴木さん。生きるために考えるのではなくて、考えるために生きる・・・。自分のスケールでものを見て、我が道を行く、そんな人たちがいるのが大井町なのです。
■再開発で姿が変わっても
夜の帳が下りた東小路飲食店街を歩くと、こちらも有名な立ち飲み屋「肉のまえかわ」に人だかりができていました。写真を撮ろうとしたところ、飲みに来ていたおじさんに怒られてしまいました。「撮られて困る人もいるんだよ」と冗談めかして言うおじさん。たとえアウトローでも受け入れてくれる懐の深さがこの街の魅力です。しかし、大井町は決して治安が悪いというわけではなく、誰もが安心して過ごせる街でもあります。控えめにお姉さんが客引きする二階のスナックも、突然表れるやけにおしゃれなお店も、両方あって、どちらも互いを尊重する、それが大井町。
では、そんな大井町は今後どのように変化していくのでしょうか。東小路飲食店街のような闇市上がりの飲食店街は、数十年前には東京じゅうにありましたが、再開発によってどんどんなくなり、今や数えるほどに。以前は東小路飲食店街と同じように個性的な店が並んでいた大井町線の高架下は改修が進み、多くの店がなくなりました。
具体的な計画はまだ進んでいないものの、ここ大井町でも再開発の話があります。
古いものが無くなるのは仕方がない。
鈴木さんはそう言います。
しかし、街の先輩に話を聞く中で、何度も聞いた言葉があります。それは「最後は人」だということ。街というと、建物だとか、お店だとか、通りだとかに目が行きがちだけれど、街を作っているのは人であり、街を知るということは人を知ることであり、街に暮らすということは街を作る人の一人になるとうことなのだと、何人もの話を聞くうちに思えてきました。
闇市上がりの飲食店街がなくなってしまったとしても、鈴木さんのような大井町らしい人たちが居続け、お店を続けてくれれば、大井町はアトレやイトーヨーカドーで買い物をし狭い飲み屋で一杯飲んで帰る街、たまに平日の休みがあったら昼間から立ち飲み屋で飲んだくれる街、つまり、“考えるために生きる” 街であり続けるのでしょう。
<ブルドック>
住所:東京都品川区東大井5-4-13
tel:03-3471-6709
営業時間:月火木~日 11:40~21:00
ウェブサイト(食べログ):https://tabelog.com/tokyo/A1315/A131501/13001867/
取材・文:石村研二/撮影:石村研二・cowcamo編集部/編集:THE EAST TIMES・cowcamo編集部