中野駅 南口へワープ!
新井薬師エリアの穏やかな空気に癒された我々は、レンタルサイクルを借りて中野駅南口へと一気に南下。
近藤:実は丸井グループは中野が創業の地なんだよ。一度閉店したあと、2011年に再びオープンした「中野マルイ」が南口のイメージを変えて行っていると思う。
さすがは中野育ち、豆知識も豊富です。しかし、「中野マルイ」の裏手には、近藤も知らなかったスポットが。
近藤:こんなオシャレな場所があったんだ! 今度、案内で中野に来たら寄ってみようかな〜。
と、NEWスポットの発見に近藤も大興奮。というのも、ここ中野駅南口エリアは近藤が幼少時代によく遊んでいた場所なんだそう。確かに、南口周辺の大通りを少し入れば、そこはもう住宅街。
「なかのZERO」を利用する子どもたちや学生の姿も多く、商業色の強い北口に対し、南口は “暮らしの色” が強い印象です。実はそんな南口でも、大規模な再開発が進んでいます。
再開発の中心となっているのが、かつてこの地にあった大型団地「中野住宅」の跡地。2019年に取り壊された団地は、2022年12月を目指して地上37階建てのタワーマンションに生まれ変わるそう。
近藤も「中野住宅」には思い出があるんだとか。
近藤:かなり年季の入った建物だったけど、当時からインパクトはすごかったな。北口のシンボルは「中野サンプラザ」で、南口は「中野住宅」って感じだった。両方とも駅のホームから見えるし、印象に残っている人は多いと思う。
再開発に伴い街並みも整備され、住みやすさが増して行く一方、古きよき街並みが失われていく寂しさを感じる人もいるでしょう。ただ、「中野住宅」のように激動の時代に暮らしを支え続けたコミュニティから学ぶことは多いはず。それを次の時代に活かして、街が進化してくことを期待します。
レトロな外観にファン多し「中野リハイム」
さて、少しノスタルジックになってしまいましたが、このエリアにも長きにわたり、愛され、その姿を維持しているマンションがあります。それがここ「中野リハイム」です。
「中野リハイム」は1972年竣工した、総戸数100戸のマンション。マンションマニアには有名なレトロ可愛い建物で、近藤もファンなのだとか。
近藤:やっぱりいいな〜! 実は入社したての頃、「中野リハイム」に来たことがあるの。子どもの時は気づかなかったけど、こんなに素敵なマンションがそばにあったのかーってちょっと感動したのを覚えてる。その翌年、お客さまの案内で再び来たら大規模修繕工事が終わったあとで、さらにきれいになってて。マンションって修繕するとこんなに変わるんだ! って驚いたんだよね(笑)
この築年数でも、今もなお輝きを保てているのはメンテナンスがしっかりと行われているおかげ。近藤が言うように、マンションにおいていかに管理体制が重要であるかがはっきりとわかりますね。
また、「中野リハイム」は先ほどご紹介した「中野住宅」の跡地と同じ通り沿いに建っています。ここにも、変わるものと残されていくものがあることに気づかされますね。
想い出をめぐる
北口から南口まで、中野駅の周辺を見てきましたが、キーワードとして浮かび上がったのは “変化と不変”。この地で幼少期を過ごした近藤はより強く、そのコントラストを感じたことでしょう。
そんな幼少時代の記憶を辿るように、近藤の想い出の地をめぐることに。
真っ先に訪れたのは、近藤がかつて暮らしていた社宅の跡地。今では姿を変え、立派なマンションになっていました。少し寂しげな目で建物を見つめる一方で、当時と変わらない景色もたくさんあり懐かしむ様子も。
近藤:学校がとっても近くて、いろんな会社の社宅も多かったから、友達といつもこの辺りで遊んでたの。「なかのZERO」とか、子どもを安心して遊ばせられる施設も多いんだよね。それでいて、駅も遠くないし、買い物にも困らない。今思うと、中野はファミリーにとってすごく過ごしやすい環境だと思うんだよね。
最後に、どうしても訪ねたい場所があるそうで、近藤が入って行ったのは早稲田通り沿いの細〜い小道。その先には、同じ中野とは思えないほどたっぷりの緑に囲まれた、一軒の素敵なお家がありました。ここは一体……?
近藤:小さい頃に通っていた習字教室なの。久々にきたから、ぜひ東 先生にご挨拶したくて。お家も本当に素敵なんだよー!
そう、ここは近藤が通っていた習字教室兼、先生である東 明美さんのご自宅。なんでもお父さまが建築家だったそうで、この立派なお家をご自身で設計されたそう。先ほど早稲田通りで見かけた「かどや酒店」もお父さまが設計したんだとか!
東先生:あら、久しぶり! 上がって上がって!
先生のお言葉に甘え、お邪魔させていただくことに(ワクワク)!
久しぶりの再会に、昔話から近況まで話が止まらないふたり。一日中、中野を歩き回って疲れた様子の我々を見かねたのか、東先生が素敵なものを用意してくれました……(涙)
東先生:たくさん歩いて疲れたでしょう。この辺りまでくると、東中野も徒歩圏内になるのよ。大江戸線が使えるから便利なの。あと、バス便がいいからお年寄りも住みやすい街だと思うわ。
実は、生まれ育ちも中野だという東先生。このエリアのことを熟知しているのはもちろん、街の変化もたくさん見てきたそう。
東先生:いろいろ見てきたと思うけど、この街も本当に変わったのよ。この辺りは少し前まで社宅が多かったんだけど、今はほとんどがマンションに変わったの。社宅の子どもたちはみんな仲がよくて、いいコミュニティだったと思うわ。
あと、昔は早稲田通りに新宿御苑から持ってきたスズカケの木が植えられていたりね。いいものがなくなってしまうのは残念だけど、“街は生き物” だから変わり続けていくものなの。大切なのは、過去を次の世代に伝えていくことね。そうゆう話をできる人も少なくなってきてるからねえ。
この街を見つめ続けてきた、生粋の中野っ子。“街は生き物” であり、良くも悪くも変わり続けるものだとおっしゃいます。この日まさに、変わりゆく現場を見てきた我々は、その言葉に感心せざるを得ませんでした。
今でも子どもたちに習字教室を開いているという東先生。習字を教えるだけでなく、忘れてはならない大切なことを伝え続けているのでしょう。彼女のような存在が、街の未来を育てているのかもしれません。
その後もしばらく先生との時間を楽しんだ我々。近藤も当時に戻ったようで、終始笑顔でした。
取材後記
筆者自身、サブカルのイメージが強かった「中野」。取材後はすっかり “ファミリーにおすすめしたい街” になっていました。
それは街が生き物のように変化を遂げる裏で、人々の暮らしが脈々と紡がれているからなのかもしれません。
東先生の教えや意思が子どもたちに引き継がれていくように、ただ変わりゆく街を見ているだけでなく、文化や想いを次の世代に紡いでいくことが何より大切なのでしょう。
取材後、駅前で大判焼きを頬張り、子どものような笑顔を見せる近藤の姿がとても印象的でした。きっと、この笑顔は当時と変わらぬもの。
今では立派なカウカモエージェントになり、お客さまの安心を第一に考えサービスを届けることをモットーにする近藤。そんな彼女のプロフェッショナルスタンスも、この街と東先生のもとで養われた “変わることのないもの” なのかもしれません。
さてさて、少しでも中野での暮らしが気になった方、ぜひ近藤に相談してみては? ほかでは聞けないこの街の魅力を教えてくれるかもしれませんよ。
今回はこれにてお終いですが、今後も本企画は続きます。次回もどうぞご期待ください!
取材・文・撮影:cowcamo